有機農業映画祭

第五回 国際有機農業映画祭② セヴァンの願い

前回書いてからずいぶん時間がたってしまいました。

師走はやっぱり忙しいですね

思い出しながら映画祭の続きを。

 

オープニング上映は『セヴァンの地球のなおし方』でした。

以下引用--------------------------------------------------

セヴァンの地球のなおし方

 2010年/フランス/115分 英語・仏語・日本語・日本語字幕
 監督:ジャン=ポール・ジョー

地球のなおし方 1992年の地球サミットで、「どうやってなおすか分からないものを、壊し続けるのはやめて」と12歳のセヴァン・スズキは訴えた。19年後の今、母となるセヴァンは、「子どもの未来を守るために、生き方をかえなくては」と語り続ける。地球の悲鳴を肌で感じる日本、フランスの人々を紹介し、経済優先の社会に警鐘を鳴らす。
【お薦め】農薬、化学物質、乱開発、食品添加物、そして放射能……地球はいまも壊され続け、私たちの命も脅かされ続けており、環境は悪化の一途をたどっている。それでも活動をやめないセヴァンがいて、日本で、フランスで、健やかな命を育む「食」をつくり続ける人たちがいる。絶望しない、あきらめない、自分にできることをやり続ける。その先に希望が見えてくる。(中村易世)

以上引用----------------------------------------------------

12歳のセヴァンの存在感に圧倒されました。

まっすぐに、まっとうなことを堂々と語るセヴァンに感銘を受けた人は多かったようです。

この映画の監督もセヴァンに触発されて、この映画を作ったのですから。

日本、フランス両国の持続可能な農業、生き方を模索する人々が出てきますが、グローバル化された現代では、その取り組み自体が非常な困難にさらされていることも再確認させられました。

福井で登場した牛の飼料に、中国産の遺伝子組み換え作物が含まれており、フランスの基準では、この牛肉はオーガニックとは認められないとのこと。

これからTPPに参加することになれば、こういった事態は加速するでしょう。

本当はローカルな生き方を目指すべきと感じる人が増えてきたと、これまで直接・間接的に接してきた情報からは言えると思います。

持続可能な未来を考えれば当然のことです。

そのことの困難さを皮肉にも知らされたのですが、しかし、有機的な生き方を志向する人たちの力強さに希望ももちました。

 

そして次にこの日印象に残ったのは『祝の島』。

以下引用------------------------------------------------------

祝の島 2010年/日本/105分 日本語
 監督:纐纈あや 制作:ポレポレタイムス

祝の島 瀬戸内海に浮かぶ山口県祝島。豊穣な海の恵みに支えられ、代々共同体としての結びつきが育まれてきた。1982年、島の4キロ先に原発建設計画が持ち上がる。「海と山さえあれば生きていける。わしらの代で海は売れん」と島人は反対を続ける。千年先の未来を思うとき、私たちは何を選ぶのか。祝島のいのちをつなぐ暮らしを描く。
【お薦め】近所の人と大きな炬燵を囲んで、島の夜は更けていく。決して話が弾むわけではない。その人たちが、中国電力と粘り強く対峙する。一歩も引かずに島を守り、海を守る。「日常」を暮らすことで、そこに生きた人々の思いを守る。私たちは日常を奪われた人々をこれ以上出してはならない。(笠原眞弓)

引用以上-------------------------------------------------------

もう30年近く原発反対の運動を続けてきた祝島の人たち。

その多くはもうおじいさん、おばあさんです。

しかし、毎週月曜日はみんなで集まって島の中をデモ行進。

電力会社が実力行使して工事を始めようとすれば、漁船を出して阻止。

おばちゃんたちのシュプレヒコールは痛快です。

賛成派・反対派に島民が割れて、みんなが傷ついてきたこともうかがわれます。

しかし、一人暮らしになったおじいちゃん・おばあちゃんたちが近所の家に集まって毎夜、お茶を飲み、大みそかも共に過ごす。

年に一度の古式ゆかしいお祭りも島民総出で行われる。

この島の人たちの絆、つながりが今も残っていることに、そして昔ながらの自給自足的な暮らしが残っていることに、とても感銘を受けました。

このことと、原発反対運動を続けてきたことは無関係ではないと思います。

むしろ、この自然を守ろうとする志が地域の人たちを固い絆で結びつけてきたのではないかと思えました。

祝島の風景は、自然も人も、動物でさえも幸せそうで、とても癒されました。

こののどかな風景が続きますようにと祈らずにいられません。

この映画の最後で、この島のただ一人の女漁師の民子さんが語った、

「この自然を先祖が残してくれたおかげで私たちは生活してこれた。このきれいな海を子や孫のために何とか残してやりたい。その一念で反対運動をしている」

という言葉がとても印象に残りました。

だって、それは12歳のセヴァンがサミットの演壇で訴えた言葉、

「どうやってなおすか分からないものを、壊し続けるのはやめて」

に、見事にこたえた姿だったから。

不幸中の幸いと言ってもいいのかどうか、上関原発建設は本当に間一髪のところで福島の事故が起こり、断念されました。

反対運動は、多くの犠牲の上にではありましたが、実を結んだのです。

体を張って建設を阻止してきた祝島のおじちゃん・おばちゃんたちに敬意を表します。

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第五回 国際有機農業映画祭①

今月19・20日に国立オリンピック記念青少年総合センターで開催された国際有機農業映画祭に今年もまた行ってきました。

詳細はこちらです。

http://blog.yuki-eiga.com/

五回目を迎えたこの映画祭、私も今年で参加五回めです(笑)。

二日間にわたって上映される何本もの映画がどれも興味深くて、これだけの映画を1日1,800円で(昨年までは1日1,000円だった)観られるのは、この上ないチャンス!と思ってきました。

観始めたころ、こういった問題もあるのか、と興味をひかれ、年を重ねるごとに自分に対して問題提起をされているという感覚が増していきました。

そして今年、二日間にわたって観終わって感じたのは「答えが提示された」という感覚。

ずっと自問自答してきたことに回答が与えられた感じ。

その感覚には、今年の原発事故が影響しているかもしれません。

あの原発事故でもたくさんの問題提起を受け、自問自答を繰り返し続けている感じがあります。

その思いと、映画祭が提示したものとが一致した。

有機農業にとっても、放射能汚染は本当に大きな問題ですから。

今年の映画のラインナップはこちら↓。

http://blog.yuki-eiga.com/?eid=1391086

冒頭の『セヴァンの地球のなおし方』だけでも、私は今年1800円払って友達と見に行ったんですよね。

そのほか4本の作品も含めて1本分の料金で観られるのだからお得です

次回からいくつかの映画について、自分の覚書として書いておこうかと思います。

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国際有機農業映画祭2010 世界中で同じことが起きている

「緑の革命」光と影

1992年インド映画です。

緑の革命(みどりのかくめい、: Green Revolution)とは、1940年代から1960年代にかけて高収量品種の導入や化学肥料の大量投入などにより穀物生産性が向上し、穀物の大量増産を達成したこと(ウィキペディアより)

映画について国際有機農業映画祭のHPより
「20世紀で最も成功した発展戦略のうちの1つとされた「緑の革命」は、インドなどの発展途上国が、確実に飢饉から脱却したと信じられている。しかし25年後、この成果を誰が受け取ったか、と問いかけ、「緑の革命」の暗く複雑な側面を明らかにする。インドにおける「緑の革命」は、新しい農奴層を作り出すのに一役買い、初期の劇的な生産高は農薬中毒とともに減少し、奇跡的な小麦の品種は短命で終わった。」

この「緑の革命」に主導的な役割を果たしたのはアメリカの農業学者、ノーマン・ボーローグ。

世界の食糧不足の改善に尽くしたとして、1970年にノーベル平和賞が与えられています。

映画ではこの人が、よいことをしたという確信的な表情で(私にはそう見えた)出てきます。

緑の革命

しかし、1992年のこの時点で、インドでは「緑の革命」の弊害があらわになっている。

改良された高収量品種は化学肥料と農薬がセットになっているのです。

初めは収量が何倍にもなり、飢餓を救うと期待されていました。確かに初めは期待された成果を上げたのです。しかし、年数を経るごとに化学肥料の投入量が3倍にも増え、それでも収量が落ちて行くようになる。大型機械の導入で支払いがかさみ、小作農への給料支払いも滞るようになっていく。

インドでは耕地を持つ富農と持たない小作農との格差は開くばかりなうえ、富農も生産コストの上昇で苦労しているように見えます。

その上、肥料や農薬による環境汚染、がんや高血圧などの病気の増加、石油燃料への依存の増大。結局、この「緑の革命」で自分の首を絞めているかのような状況が描かれています。どこでも起こることは同じなのです。

また薬剤について見ても、除草剤の多投→耐性雑草の誕生、殺虫剤の多投→耐性害虫の発生、人間では抗生物質の多投→耐性菌の登場、ということを考えると、改めてこの世界には一定の法則性があるのだと思わされます。

                                                       

何年か前、「ラダック 懐かしい未来」という映画を見ました。

インド北部の小チベットと呼ばれる秘境・ラダックにグローバル化の波が押し寄せ、そこで一見貧しくとも自給自足的な生活をして穏やかに暮らしていた人々が、安い製品、農産物の流入とともに生活が厳しくなり、働き手を町に取られていく。お金がなくては暮らせない状況に追い込まれて、その生活はむしろ貧しくなっていくのです。

町にはたくさんの商品があふれるようになったけれど、ビニールゴミが舞い上がり、人々の表情が殺伐としてきたように見える。

この映画を観た時、グローバル化の罪を強く感じましたが、それと同じような感慨を、この「緑の革命」でも覚えました。

グローバル化にも、飢餓を救うとか、人々を豊かに、とか、大義名分はあるのでしょう。あるいは本当にそういう思いで取り組んだ人もいたと思います。でも、その裏には確実に先進国の、というか、搾取する側の利益追求がある。

世界中で同じことが起きているんだと、改めて思いました。

これに勇気をもって立ち向かったのがパーシーさんであり、搾取ではなく、裏もなく、本当に飢餓や貧困をなくしたいと立ち上がったのがペシャワール会であり中村さんなのですね。そこに大きな希望をもらいました。

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国際有機農業映画祭2010 幸せな野菜たち、その危機

『種を採る人』

以下、国際有機農業映画祭のHPより
「日本で、自家採種している農家はわずかだ。長崎雲仙市の農家、岩崎政利さんは、年間80種もの在来野菜の種を取り続けている。農業高校卒業後、父親から農業を継ぎ、ごく普通に農薬を使っていた。ところが、30代のとき突然体がしびれ倒れる。原因不明、しかし農薬害が頭をよぎる。リハビリのため雑木林を歩き回る中で、様々な種類の木々や生き物が共存し 雑草が自らの種を落として子孫を残す姿に気づき、感銘を受ける。「この雑木林を畑に再現したい」、そこから岩崎さんの農業は再スタートする。作品は、1年にわたり畑と岩崎さんの種採りの様子を追っている。」

種を採る人

岩崎さんご自身が会場に来られていて、しかも収穫したたくさんの種類の野菜を展示してくださっていました。

その野菜がピカピカ!イキイキとすごくきれいに光り輝いていて、何というか、幸せそうに見えたのです。

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この中で、右の写真の赤い近江万木カブや加茂酢茎葉カブ、また何種類もあったダイコンもニンジンもお味見させてもらいましたが、嫌味なところが全くない柔らかい味で、ほのかな甘味や辛味、風味が広がって、とても美味しかったです。

これは年季が入っている!

私は今、自然農法の須賀さんの野菜をいただいていますが、やはりとてもきれいに光り輝く幸せそうな野菜です。その須賀さんはお父さんの代からの自然農法歴53年!土と野菜が作り手に共鳴して、絶妙のハーモニーを奏でている感じがします。

岩崎さんも、農薬が原因と思われる体調不良をきっかけとして20年以上、この農法に取り組まれているとのこと。畑と種と息があっているんだと思います。

自家採種、共生利用、不耕起栽培の土作りを基本としている岩崎さんは、その農業のお手本を雑木林だと言います。それはリンゴの木村秋則さんとも同じ。

人の手が入らない自然のままの雑木林には様々なヒントが隠されているんですね。私たちはそうして自然から学ばなければならないのに、現実は全く逆。

                                                          

今、アメリカで自家採種禁止の法案が論議されているそうです。

自然と共に生きる農民にとって、自分の野菜の種を採るのは当然のこと(今はかなり数が少なくなっていますけどね)。その、昔ながらの野菜、農法を法律で禁止しようというのですから、驚きを通り越して不気味です。その陰には種子産業や農薬、化学肥料ビジネスの陰の力がある。

一体人間はどこまで貪欲なのでしょうか。

以前、野口さんの記事のところでも書きましたが、実を結ばない究極の遺伝子組み換え種子、ターミネーター種子がすでに特許を取って待機中です。

以下にその部分をもう一度転載しておきます。

「現在封印されている遺伝子組み換え特許に、ターミネーター・テクノロジーというものがあります。米国特許572376号を取得した時のアメリカ種苗業界の雑誌『Seed & Crops』誌によると、この技術は「遺伝子操作により、種子の次世代以降の発芽を抑える技術で、これにより農家による自家採種を不可能とするものである」と定義されています。
 そして、植物の種子が発芽する際に、組み込まれた遺伝子が毒素を発生して植物を死滅させるこの特許は「全ての植物種をカバーし、遺伝子組み換えによってできた植物のみならず、通常の育種方法によってできた植物も特許の領域(スコープ)に含まれる」としています(邦訳は日本種苗協会の機関誌『種苗界』1998年8月号による)」

「タミネーター種子が解禁されたらどうなるでしょう。まず飛散した花粉と交雑可能なさまざまな栽培植物のタネが、芽を出せず死んでしまいます。また、組み換えられた遺伝子の根毛細胞は、近くの土壌細菌アグロバクテリウム(根頭癌腫病菌)とプラスミド遺伝子を交換し合い(遺伝子の水平移動)、土壌細菌に移ったターミネーター遺伝子は、ありとあらゆる種子植物にとりつき、自殺花粉を世界中に撒き散らしてしまうでしょう。植物の死は、動物の死と直結しています。一時しのぎの経済戦略が、地上を死の世界に変えてしまう危険性を秘めているのです」

こういった遺伝子組み換え作物は、一度環境中に放出されたら二度と回収できないのです。

すでにカナダのパーシーさんの畑は汚染されてしまい、元には戻りません。

それが日本でも起こったら…遠い国の話だからとうかうかしていられません。どうしたらいいんでしょうね。できることはしていきたいと思いますが。

                                                     

自分で採った種で育てた岩崎さんの幸せそうな野菜たち、在来種を守り育てている岩崎さんは本も出しています。ご参考までに。

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国際有機農業映画祭2010 一人の人間にできること②

『パーシー・シュマイザー、モンサントとたたかう』

2年前の国際有機農業映画祭で上映されたフランス映画『遺伝子組み換えNON!』のなかで、モンサントの圧力と闘ったカナダの農民の話が出てきて、一体どういう話なのかと気になっていました。

この映画はまさにそのカナダの農民、パーシーさんの闘いの顛末だったのです!

以下、国際有機農業映画祭のHPより
「カナダの農民パーシー・シュマイザーの菜種畑は風で飛ばされてきたGM(遺伝子組み換え)種子によって汚染された。彼は50年間の仕事の成果を失った上に、GM種子を開発したモンサント社に特許権侵害で訴えられた。裁判所は彼に損害賠償金の支払いを命じた。モンサント社は彼と家族の行動を監視し精神的ダメージを与え続けた。彼と妻のルイーズはその圧力に屈せず最高裁に訴えた。米国でも同様にモンサント社に抵抗する農民達がいた。モンサント社の狙いは何か? 巨大企業に立ち向かう農民を支えるものは何か? 最高裁の下した判決は?」

パーシー・シュマイザー

パーシーさんは、ある日突然モンサントに遺伝子組み換え菜種の特許権侵害で訴えられました。

身に覚えの全くないことで、まさに青天のへきれき!

モンサントの監視や脅迫まがいの言動に、恐怖におびえながらも、勇気を振り絞って立ち上がります。

このパーシーさんの言葉はいちいち「ごもっとも!」と声をかけたくなるほどまっとうです。

にもかかわらず、1,2審とも敗訴。その理由をパーシーさんは弁護団の数だと言います。その比率1:29

しかし、あきらめなかったパーシーさん、最高裁に控訴。ここで、パーシーさんによると、ようやく実質勝訴の判決を得ました。

これは、1,2審の結果に衝撃を受けた世界中の心ある人々の支援があったからだとパーシーさんは言います。

パーシーさんは一人で(妻や家族の支えはありましたが)立ち上がりました。その苦境を知って多くの人が立ち上がりました。

やはりきっかけは一人の人間なのですね。

10月に名古屋で開かれたCOP10にパーシーさんが来られていたようです。日本人研究者の論文にも勇気づけられたとおっしゃっていて、同じ日本人として嬉しく思いました。

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国際有機農業映画祭2010 一人の人間にできること①

11月27日、今年も国際有機農業映画祭に行ってきました。

例年2日にわたっての上映会でしたが、今年は1日だけ。規模縮小が少しさびしくもありましたが、会場はほぼ満員になるほど盛況で、熱気も感じられました。

今回も印象に残った映画多数。

全体を通して、思ったこと。

「一人の人間ができることは世界を変えるほど大きい」ということ。

                                                         

『アフガンに命の水を~ペシャワール会26年目の闘い~

アフガンで活躍するペシャワール会が、砂漠を農地化するために、なんと全長24キロの水路を建設するという壮大な計画を実行に移し、ほとんどを現地人の手作業に頼りながら着々と進めて行く様子が描かれた映画。

以下国際有機農業映画祭のHPより
「ペシャワール会は、中村哲医師を現地代表として、1984年にパキスタンのペシャワールで医療団体としてスタートした。水と食糧さえあれば大半の病気は治ると考え、2000年からは、アフガニスタンで始まった大干ばつへの対策として、1500本以上の井戸を掘り、全長24キロの農業用水路の建設も行なってきた。60万もの人の雇用対策となり、難民になるか軍閥や米軍の傭兵になるしかなかった村に、平和をもたらしている。3000haの田畑が甦り、10万を超える農民の暮らしが戻ってきた」

何と言っても現地代表の医師中村哲さんがすごい!

アフガンに命の水を

小柄で穏やかな物腰、華奢といってもいいような中村さんのどこにこの難事業を推進していくエネルギーが秘められているのかと不思議に思いました。

医師だし、建設のことは門外漢。それをにわか勉強で(失礼^^;)実行に移してしまう行動力、というか無謀さ(失礼^^;)。思い立ったら行動してしまうところには共感を覚えるものの、そのスケールがケタ違いです。資金集めに帰国した1、2カ月の間に2億円の寄付を集めたというのもすごい。

「水と食べ物さえあれば、病気は治るんです」

という言葉に、彼がかの地で直面した人々の窮状が表われている。

薬以前、医療以前の問題…。生きて行くための最低限の必要さえ満たされていない人々がいかに多いことか。

2000年から始まった用水路建設は、映画では残り数キロまで完成していました。完成したところまでは水が来ていて、砂漠だった土地が緑に覆われるようになり、両岸に柳が植えられた水路に村人が水汲みに来る様子が描かれ、そこで暮らしていけるようになった人々が穏やかに日々の暮らしを営んでいる様子が想像できました。

中村さんは資金を集め、計画し、人を雇い、上記のように「難民になるか、軍閥や米軍の傭兵になるかしかなかった人たちに平和をもたらした。3000haの田畑がよみがえり、10万を超える農民の暮らしが戻ってきた」のです。

これは本来なら公共事業としてなされるべきでしょう。それを外国人である中村さんが実行した。

小さな中村さんがとても大きく見えます。一人の小さな人間、けれどもその一人の人間ができることは、とても大きいと実感しました。

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グローバルではなくローカルに

引き続き国際有機農業映画祭について。

あと3本は

『赤貧洗うがごとき』日本映画、足尾鉱毒事件の田中正造についての映画)

『アジアの行動するコミュニティ』日本とネパール、地域コミュニティの取組)

『ヒト・ウシ・地球』ニュージーランド、バイオダイナミック農法の世界)

                                                     

個々の映画について書くと長くなるので、映画祭全体を通して感じたことを少し。

というか、この映画祭に触発されて、最近漠然と感じていたことがいろいろ言葉になってしまいました。

最近文章が長すぎ!と長女からダメ出しが出ましたが、今回も少し長文につき、注意

                                                       

まず、感じたのはグローバルではなく、ローカルに、ということでした。

温暖化や砂漠化、南北間格差から金融恐慌など、現在私たちが抱える困難な問題の背後にはグローバル化があるのではないか。

地球上のそれぞれの地域には、その地域で生きるために培われたそれぞれ固有の文化がある。

それをグローバル市場経済が飲み込んでしまうことから、多くの問題が発生しているのではないかと。

人と自然、人と人のつながりを断ち切ってしまうお金、利益最優先。

もともと人間の持つ欲望は限りがないものとしても、どんな環境に生きているかは優しさとか思いやり、考え方にとても影響を与えると思います。

その点で現在につながる、環境を大きく変えた問題の根をたどれば、18世紀イギリスで起こった産業革命は一つの始まりと言えるでしょうか。

つまり工業化、工業的暮らしです。

この体制下では、人は孤立せざるを得ない、と夏目漱石は見抜いていたと江藤淳氏が評論していますが、最近読みなおしてなるほどと思いました。

そう思っているところに、先日カン・サンジュンさんがNHKで、「悩む力」というタイトルだったと思いますが、夏目漱石について語っていましたね。

小林多喜二の例もあり、夏目漱石は今、タイムリーな作家かもしれませんよ。

そして、私の好きなミヒャエル・エンデはフランス革命の掲げる自由・平等・友愛について

自由=精神・文化

平等=法律・政治

友愛=経済

として、経済には自由ではなく友愛が基本となるべきと語っています。

しかし産業革命以来の現代の工業的暮らしという環境の中では、経済に友愛を掲げることはとても困難。

では、その環境をどう変えていけばいいのかというヒントのようなものをこの映画祭で感じました。

それは工業的な暮らしに対して、農的な暮らし方にあるのではないか。

それは必ずしも田舎に住んで農業をすることではないはず、とも思います。

農的な暮らしとはつまり、ローカルな暮らし方ということではないのか、と思いいたりました。

この、「工業的」と「農的」については、もう少し考えてみたいと思います。

                                                        

会場は300人入るホールでしたが、立ち見も多く出る盛況ぶり。

また、様々な、環境や農業に関する団体、グループの人たちが出版物やイベントの情報を持って集まっていて、たくさんの人がそれを取り巻いていました。

どの情報もとても興味深く、今、じっくり読んだりしてますが、面白いです。

この映画祭には、興味があるという次女と一緒に行ったのですが、会場には思った以上に若い人が多く、半分くらいを占めていたように思います。

嬉しいことです。

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国際有機農業映画祭 (2)

前回に続いて、国際有機農業映画祭について書きます。

実は、この映画祭に申し込んだのは、前回書いた福岡さんの追悼イベントが目的でした。

でも、チケットを購入したら何本でも見れるんですよね。

せっかくなので午後からの映画も見ることにしました。

パンフレットを読んだら、どれも興味深い映画でしたから。

以下に書く感想等は、私の記憶と当日のメモによるもので、間違いがあるかもしれないことをご承知おきください。

                                                       まずフランス映画の『遺伝子組み換えNON!』

ネットで調べたところ、この映画は4つのパートからなる2時間の長編らしいのですが、この日上映されたのはそのうちの「農民編」の28分のものらしい(上映ぎりぎりに飛び込んだたため、主催者の前段の説明が聞けませんでした)。

おもにカナダの農民と、フランスの有機農業グループのリーダーの女性が証言しています。

遺伝子組み換え作物の問題について、とてもよくわかる映画でした。

反対の署名もしたりしていたので、この問題については、ざっと知っているつもりでしたが、実際に被害にあったカナダの農民の証言は衝撃的。

ある日突然、遺伝子組み換え種子を売るグローバル企業、モンサントから訴えられます。

この農民の畑で遺伝子組み換え作物が作られていて、これは特許権侵害(だったと思う)にあたると。

彼にとっては身に覚えもなく、青天のヘキレキ。

裁判の過程で明らかになったのは、近くの組み換え作物の畑からの汚染だったこと、モンサントの社員がこの農民の畑の作物をこっそりサンプル調査したこと。

この農民は結局敗訴したらしいのですが、実質的には賠償は無しとなったようです。

しかし、畑は手放したと言っていたと思います。

問題なのは、いったん遺伝子組み換え作物が栽培されると、それは不可避的に広がってしまうこと。

そして、それは法的にはモンサントから訴えられかねず、汚染されたにもかかわらず、さらなる不利益をこうむるということ。

自分は作らないからいいと言ってはいられないのです。

                                                      

当日のメモから組み換え作物の問題点をちょっと整理すると

①上にも書いたように、隣の作物も汚染される。一度取り入れたら広がってしまう。

②安全性が十分確認されていない状態で見切り発車の認可(組み換え作物の花粉で育てた蝶の44%が4日以内に死滅する)。

③男性ホルモン異常を起こす可能性がある(これは特に組み換え作物を作る農家の男の子に他よりも高率で性器異常が発生していることから)。

                                                       そもそも遺伝子組み換えの発端はトウモロコシの害虫だったそうです。

しかしそれは単一品種を作り続けるための連作障害なのに、その真の原因に目を向けず、多量に作り続けるために、安易に組み替えに転換したというのです。

初めに栽培されたアメリカの現状として、組み換え作物で収量は減り、質も落ち、農薬も多く入れなければならなくなって、農民から声が上がり始めているとのこと。

これが事実なら、現実的にも組み換え作物にすることは百害あって一利なしですね。

このことはもっとたくさんの人に伝わってほしいと思います。

この農民編以外の研究者編、議員編、消費者編も観てみたいものです。

この映画が、私にとってはこの日一番印象に残ったので、つい長々と書いてしまいました。

あとの3本については次回に

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国際有機農業映画祭 (1)

16日に国際有機農業映画祭に行ってきました。

場所は代々木のオリンピック記念青少年総合センター。

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変わった形の建物です。

斜めに走っているのは1階から4階までの通路。

宿泊棟や国際交流の施設などもあって、館内外では外国の青年たちの姿も。

映画祭はこの1階と4階の1部屋ずつと、4階のホールで行われました。

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1階では8月に亡くなった福岡正信さんの追悼イベントとして、『地球で生きるために』というドキュメンタリー映画を上映。

このイベントは福岡さんが亡くなって、急きょ組み入れられたプログラムなのかもしれません。

福岡さんは有機農業も否定されているところがあるので、この映画祭とは合わないのでは、と思ったりもしたのですが、有機農業を志向する人たちにとっても、福岡さんは特別な存在なのでしょう。

この映画は97年にインドを訪ねられた時の様子を、今泉光司監督が同行取材されたものです。

インドの人たちに自然農法について語ったり、福岡さんに影響されて始めたという自然農園を回ったり、杖をついていらしたものの、生き生きとした福岡さんの姿を見ることが出来て、懐かしさが込み上げました。

このあと、福岡さんが弟子と認めたというギリシャのパノスさんという人の、粘土団子を作る様子を紹介したビデオも上映。

パノスさんのところへは、ヨーロッパじゅうから教えを乞う人たちが集まるそうで、とても忙しいとか。

ビデオでは、作った粘土団子を山火事で緑の無くなったところにまいていましたが、各地から集まった大勢の人たちも一緒に協力していて、環境問題に果たす役割としての福岡式自然農法が、一定の注目を集めていると思いました。

印象に残ったのは今泉監督の言葉。

「この体制が、この文明が間違っているということを、福岡さんを知ってより強く感じている」(記憶にある言葉ですので、全くこの通りではないですが)と。

そして実行委員の一人の方の

「福岡さんは悪者と闘うのではなく、自分自身が平和に生きた」という言葉も。

用意された部屋はかなり広かったのですが、ぎっしりと埋まっていました。

中には何人か外国の方も。

福岡さんへの関心の高さは続いているようです。

次回は、午後から観た4本の長短編について書いてみようと思います。

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