本・映画

「甦れ生命の力」真弓定夫

毎日次々と湧き出てくるような用を済ませて、ふとカレンダーを見ればもう師走も半ば近く。
まだ庭の落ち葉掃除が一部残っていますが、金曜の午後に降った雪がまだ少し残り、地面が乾かないのでもう少し様子をみて晴天の続いたときに。
なんて言っても、もう根雪になったりして💦
先週の晴れた日、車で走っていたらあまりに北アルプス連峰が白くくっきり輝いて美しかったので、思わず車を止めて写真を撮りました。
 
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相変わらず写真が下手ですが、冬の厳しい寒さの澄み渡った空気感が伝わるでしょうか。
「穂高の四季」という歌に「穂高の春は好き、夏も好き、秋もまた好き、冬はさらに好き」という歌詞があります。
本当に、冬はさらに好き、という気持ち、わかります!
皮膚がピリピリするような寒さの中に立って見渡す風景が本当に素晴らしいです。
 
12月1~3日、穂高神社では神灯りの催しがありました。
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境内が無数の竹に入ったろうそくの灯りで埋め尽くされて、神社がさらに神秘的な雰囲気に包まれていました。
こんな夜には神様の存在を間近に感じてしまいます。
 
そして12月3日には下記の「甦れ生命の力」の上映会。
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ワクチンを打たず、薬も基本的に出さない小児科医、真弓定夫さんを中心としたドキュメンタリー映画。
病気を治すのは私たちの内なる名医、免疫力の力であると。
自然を手本として生きる自分自身の姿でそのことを表現してこられた方です。
 
マスコミで真実が報じられない現在、こういった映画や本、ネットや交友関係の口コミで私たちは自己防衛していかないといけない時代です。
知っている人と知らない人とでは、その人生に大きな大きな差が出てくると思います。
近くで上映会があったら是非観に行ってください。
 
http://www.heartofmiracle.net/schedule/schedule08.html
予告編はこちら。
https://www.youtube.com/watch?v=JYIJpzrfV4s
 
 
 
 
 

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最近観たドキュメンタリー

少し前にNHKで4日連続で放送していた「世界のドキュメンタリー」。

録画してあったものを今日、見終わりました。

このシリーズはとても興味深い外国のドキュメンタリーを放送するのでお勧めです。

日本とは違った角度でのとらえ方も知ることができるし、日本のマスコミではここまで切り込めないようなもの、また同じテーマでも違った印象操作をするだろうな~と思えるものが多い気がする。

NHKは自分たちが作れないからこういう形で問題提起しているのか?とうがった見方もしてしまいます。

そこならまぁいいか的な放送枠のBS深夜だったりするし。

 

今回見たのはテーマが「巨大グローバル企業の舞台裏に迫る」。

1日目 「シリコンバレー その知られざる顔」 2014年フランス

2日目 「薬は誰のものか ~エイズ治療薬 特許料との闘い~」 2013年インド

3日目 「遺伝子組み換え戦争 “戦略作物”を巡る闘い 欧vs.米」 2014年フランス

4日目 「顧客情報を盗んだ男 ~スイス銀行 情報流出の波紋~」 2015年ドイツ・スペイン

全部を取り上げるのは大変なので割愛しますが、興味ある方はNHKのサイトに簡単なあらすじがありますし、凄く面白いのでぜひ再放送のリクエストをしてください。

 

4編を通して感じたのは彼ら(グローバル企業の幹部や株主、金融家たち)のすさまじいまでの強欲、あきれるほどの利己主義、そして弱者へのありえない非情さ。

今の世の中、お金がなければ生きていくのは難しいですが、人間が幸せを感じて生きていくために、いったいいくらあったらいいでしょうか?

 

自分たちの利益のために多くの人が苦しみながら死んでいく現実に対して、彼らは決して向き合うことがありません。

彼らの利益のために安価なジェネリック医薬品が使えない法律ができてしまい、助かるはずの人たちが命を落としていく。

また様々な問題が起こっているという訴えに対して沈黙し、化学的に安全性が証明されていると強弁して強引に遺伝子組み換え作物を販売する姿勢を変えない。

このドキュメンタリーの中ではないけれど、彼らの一人が「地球の人口は多すぎる。10億くらいが適当」と言ったという。

ドキュメンタリーをみて改めて、彼らのこの思想が今の現実の状況を作っているとの見方が、あながち間違ってはいないと思いました。

 

遺伝子組み換え作物については少し勉強してきましたが、今回新しい情報として、アルゼンチンの遺伝子組み換え大豆の畑に囲まれた地域に異変が起こっていることがとても気になりました。

先天性の障害を持った子供たちがたくさん生まれているのです。

また、デンマークの養豚家も遺伝子組み換えトウモロコシの飼料にしてから豚の奇形が増え、下痢をする豚も増えて、そういった豚は病気になって死んでいくと。

アルゼンチンの子供たちの映像を見たその養豚家は、自分のところの豚にその奇形が似ていると思ったそうです。

そして、ある時従業員に内緒で飼料に遺伝子組み換え作物を入れないようにしたところ、「餌を変えましたか?」と聞かれた。

どうしてそう思ったか聞いたら、今日は豚が下痢をしていないからと答えたそうです。

組み換え作物自体に問題があるのか、あるいはセットになっている農薬に問題があるのか、あるいは両方か。

作物を遺伝子組み換えにすれば農薬が少なくて済むというふれこみでしたが、耐性雑草が出てくるのでむしろ農薬の種類をどんどん増やしていかなけばならない。

アルゼンチンの農家は農薬を「毒」と言っています。

組み換え大豆を食べたニワトリの卵は臭くて食べられないなど、自分の経験や周囲の状況から実態を分かっているのでしょう。

 

こういう現実があること、私たちはもっと知らなければならないですね。

EUは安全性に疑いがある場合は規制するのが基本です。

アメリカとしたたかに闘っています。

日本はそれができません。

かくなる上は、私たち消費者が遺伝子組み換え作物をできるだけ避けて買い物をするしかありません。

もうあらゆるところに入り込んでいますから完全に排除は難しいですが、たびたび言っているように、

①原材料をよく見る(原材料の勉強が必要ですが)

②分別している流通業者のものを選ぶ(自然食品店とか生協とか)

③なるべく手作りして加工品を避ける

などの対策をしましょう。

 

 

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懐かしい風景『アラヤシキの住人達』

セミナー参加のための埼玉弾丸ツアー(?)の間隙を縫ってポレポレ東中野で標題の映画を見てきました。

http://arayashiki-movie.jp/

舞台が近くの小谷村ということもあって、自然の中で暮らす共同体の営みに興味を惹かれて。

もう少しソフトな田舎暮らし的環境を想像していましたが、どうして、これはかなり厳しい生活です。

住居まで1時間半の山道を登らなければならない。

本当に登山道のような道を。

しかし、日本は素晴らしい!

そんなところにもちゃんと電気は来ているので、どうやらパソコンも使えるようだし、ある程度の文明の恩恵は受けつつの不便な、しかし、抜群に健康的な生活。

この生活に順応できる人は多分現代日本人にはそう多くはないと思われる。

そんなところに集って共同生活を送る人たちは、だからとても個性的。

中には1年間そこで暮らすために来たという女子大生二人や、ここで結婚して子供のできたカップルも。

短期間の滞在ならともかく、子供をここで育てていこうというのはかなりの覚悟がいることのように私には思える。

ここの代表の宮嶋信さんも、元自由学園の教師だった父が始めたここでの暮らしを共にし、学校もここから通ったというから、慣れてしまえば外から見るほどに大変な暮らしではないのかもしれないけれど。

煮炊きも暖房も薪。

お米も野菜も自給自足。

雪深いこの地の冬は雪おろしも大変です。

でもそんな不便さの一方、恵みもとても大きいようにみえる。

まず清らかな空気と水、化学物質の心配のない食べ物、電磁波のほとんどない環境、田畑を耕し、暮らしを紡ぐための労働による体の鍛錬。

それらがいつの間にか心身を健康にしていくのではないかと。

それを強く感じたのは、カップルの間に生まれた赤ちゃんを見た時です。

肌がきれいで目に力があって澄んでいて、ぷくぷくした赤ちゃんが多い中、この子は中身がぎっしり詰まっていそうだけど柔らかそうな固太り。

もう見るからに堂々として、風格さえ漂ってくるような…。

両親のDNAもちろんですが、この環境だからこそ生まれてきた、健康的な暮らしの証のような赤ちゃんなのです。

この映画のような暮らしをとまでは全然思っていませんが、私たちはもう少し不便さを受け入れて自分の体を使って日々の生活を作っていく必要があるように思えてなりません。

ここまでの自給自足ぶりは私の両親の子供時代くらいかもしれませんが、戦前まではこんな環境が、生活が当たり前だったのです。

まだ私の子供の頃もこれに近い部分もありました。

そのせいか、どこか懐かしさがこみ上げます。

 

本当に大事なものは、ことは何なのか、優先順位をつけてみる必要がある。

実はお金は思っているほど必要ではないように思えるのです。

現代人の生活はまさにマッチポンプ。

生きていくとはどういうことか、立ち止まって考える。

私自身も反省しつつ、この映画を多くの人に観てもらいたいと思いました。

そして、田舎で暮らすことがもっと多くの人の選択肢に上ることを期待したい。

間違いなく空気も水もいいし、子供の成長にもいいのですから。

 

 

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『東京プリズン』

赤坂真理さんの著書。

物語は15歳でアメリカ留学したマリと45歳になった現在のマリとが入れ替わりながら、また同時に存在しながら時空を超えて展開する物語だ。

東京裁判で通訳のような仕事をしていた母親である「まま」も重要なファクターとして登場する。

ままにはどこか踏み込んではいけない部分があることを15歳のマリも現在のマリも感じている。

それが日本の敗戦にかかわること、この東京裁判と関わるらしいことが次第に明らかになる。

それを直接的に聞くことが出来ない。マリが触れようとするとやんわりと、しかし強固な拒絶に会う。

日本の敗戦から東京裁判に何が隠されているのか。何がタブーになっているのか。

 

一人アメリカ北東部の凍てつく不毛の大地に放り出されたマリは、ただでさえ不安を抱えて暮らしている。

そこに含むところのありそうなスペンサー先生から日本について発表することを命じられる。進級の条件として。

そして成り行きから「天皇に戦争責任はある」ということを証明するディベートをすることになる。

夢や現実が入り交じり、次元を超えて人が行き来するような物語は、ちょっと村上春樹を思わせる。

一人で訳もわからず外国に追いやられたこと、母親に秘密を感じて率直な物言いが出来ないでいることだけでも精神的に不安定になっているマリ。

そこに追い打ちをかけるような課題が課され、不安定さを増していく。

綱渡りのような夢と現実の交錯。トラウマになるような体験も追い打ちをかける。

精神のバランスを崩すかのように見えて、しかし16歳になったマリはまっすぐな芯の強さをも持っている。

日本について、第二次大戦の敗戦について、東京裁判について調べ、考えていくにつれ、一般的に言われていることに疑問を抱いていく。

そしてアメリカという戦勝国にいることが、真実を主張するうえで強い障害となる。

「真珠湾を奇襲攻撃した卑怯な日本」

「原爆投下は戦争を早く終わらせるために必要だった」

そうアメリカ人は信じている。

その二つの主張に事実を積み重ねていくことで明確に反証し、緻密な計画に基づいた民間人殺戮であった東京大空襲についても、明らかな国際法違反であることを、著者は物語の中で論理的に説いていく。

 

最大の山場は「天皇の戦争責任」について。

短く表現することは避けるが、これについて展開された物語に、私は共感した。

私たちは日本の罪から目を背けてきた。そのためにアメリカの罪を罪として問うことが出来ないでいる。

敗戦から現在まで日本には社会全体を覆っているうすぼんやりとした霧のようなもの、タブーとなっている何ものか、がある。

そのことが「まま」に事実を問えないでいるマリに重なる。マリが迷い込んでしまう霧につながっている。

 

私自身も感じてきたことが、この物語を読む事によって、はっきりと形を現したように感じた。

 

 

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安さには落とし穴がある  『フード・インク』

久しぶりの投稿です。

両親も今のところあまり変化がなく(とはいえ、じんわりと体力の衰えは隠せませんが)、今のところ月に一度1週間から10日の帰郷でしのいでいます。

おかげさまで体調も良く、そうなるとじっとしていられずに動き回ってしまう私です(^_^;)

あちらこちらと出歩いているのですが、先日、以前から見たかった映画、『フード・インク』を観に行くことが出来ました。

フード・インク [DVD]

舞台はアメリカ、でもいまやこれは多かれ少なかれ世界中で起こっていることと言えるでしょう。

ハンバーガーやペットボトルドリンク、スナック菓子などの工業製品がとても安く売られています。

その安値が実現している理由は、その原料である牛肉や鶏肉や甘味料が安く生産されているから。

牛肉も鶏肉も(この映画では出てきませんでしたがたぶん豚肉も)飼料はトウモロコシ、飲料などの原料である甘味料もトウモロコシからできています。ケチャップもチーズもスナック菓子にもトウモロコシが使われている…。

トウモロコシがとても安い価格で流通しているから使われる。

なぜ安いかというとアメリカ政府がトウモロコシ生産者に補助金を出しているから。

この安いトウモロコシは遺伝子組み換え作物で、その安全性は実は証明されていないものでもあります。

本来草を食べる牛がトウモロコシを食べさせられるとどうなるかを、悲惨な映像とともにこの映画は表現しています。

鶏についても同様。

経済性のみを追求するために歩くスペースもない鶏舎に鶏を詰め込み、短期間で太らせ、運動不足の鶏は立つこともできません。

そこへトラックが回収に現れ、次々と荷台に生きた鶏を投げ込んでいく。

利益のために人間は悪魔にもなれる…これら動物のシーンは、地獄とはこういうところかとさえ思ってしまう。

しかも、こうして生産された牛肉には大腸菌が通常よりもかなり多く、ハンバーガーを食べた人たちがO-157によって亡くなっている。

これが明るみに出てから、その対策として加工会社はアンモニアや塩素で肉を洗っている…

動物をモノとして扱い、消費者の健康など考えもせず、こうして巨万の富を得ている一握りの人たちがいるのです。

 

あまりに安い商品にはからくりがあります。安さの恐ろしさも考えさせられました。

そして、アメリカ人の三人に一人は肥満だとか?

しかしこの映画に出てくる人たちのほとんどが太っていました。10人に9人は肥満なのでは?と思ったくらいです。

市場に溢れる食べ物の違いでしょうが、日本はまだまだ健全だと思えました。

しかし、マクドナルドが親子連れや高校生などで一杯になっているのを見るたび、もっとこういう映画をロードショーして~、このままだとアメリカみたいになるぞ~と叫びたくなります(^_^;)

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秋月辰一郎著 『死の同心円』

このところ、時間があれば本を読んでいます。

読むのが遅いので、頑張っても今月は6冊です。

今回は昨日読み終わった秋月辰一郎の『死の同心円』という、長崎原爆投下後の実態について書かれた本について。

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爆心地から1.4キロの地点で聖フランシスコ病院(当時は浦上第一病院)のただ一人の医師として被爆した秋月氏の、臨場感あふれる生々しい記録です。

原爆投下の瞬間の体験、病院の壁も窓もすべて吹き飛ばされたのち、続々と集まる被爆した黒焦げの、あるいは木やガラス片が無数に刺さった人たちのすさまじい治療の記録。

よどみのない文章が、当時の様子をまざまざと、まるで今、起こっているかのように想起させます。

治療と言っても、医薬品はほとんどないに等しく、また放射能による人体への影響など知る由もない症状への対応は、ほとんど気休めにしかならず、やっと病院にたどり着いた人たちも次々と死んでいく。

一見無傷と思われた人たちも、数日すると顔が紫黒色になり、皮下出血、歯茎からの出血、出血を含む下痢などの症状を現わし、そうなると例外なく、間もなく死んでいく。

その死への時間が、爆心地から同心円状に広がっていくことに気が付いて、被爆後1か月を過ぎるころからは、いつ自分たちにその症状が現れるかと秋月医師は恐れるようになる。

しかし、2度の嵐のような大雨、台風が死の灰を洗い流したからなのか、そのあとはめっきりと空気がきれいになったと感じるようになり、顔色が紫黒色になったものの、なんとか窮状を脱し、生き残った。

多くの人たちがその後原爆症に苦しみ、亡くなっていった中で、その当時の入院患者、職員は一人も原爆症を発症せず、秋月医師はその原因を、原爆投下以前から食べており、その後も続けた玄米・味噌汁のおかげと書いています。

明治の食養家、石塚左玄や桜沢如一氏のマクロビヲティックを学んでいた秋月医師だったからこその対応でした。

やがて日本は復興し、原爆のことも忘れられていくようになります。

このことで秋月医師はアメリカの作為を感じ、多くの人に伝わるように記録を残さなければという義務感に駆られて、この本を書いたようです。

原爆の後遺症についてや、その悲惨さという事実を取り上げることに対しては、抑え込む圧力を感じていたのです。

そんな状況から、みんなが徐々に原爆の真実を見ないような空気が生まれて行った。

そこには今の日本に通じる「空気呪縛」を見ることが出来るように思います。

その呪縛に負けまいと奮闘する秋月氏の姿が印象的でした。

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『本土の人間は知らないが、沖縄の人はみんな知っていること』

先週木曜日に実家から帰ってきました。

連日出かけていたら風邪が本格化してしまい、今日はうちにおとなしくしています

 

前泊博盛(沖縄国際大学教授・前琉球新報論説委員長)・監修、須田慎太郎・写真 矢部宏治・文の、この本を知り合いから勧められて読んでみました。

驚きました!

いままで「どうしてだろう?」と考えてきて、漠然とこういうことかなぁと思っていたことが、はっきりと見えてきた感じ。それも私の想像を上回る内容で(-.-)

なぜ日本の政治家や官僚はこんなに情けないのか。なぜ小泉純一郎以外の首相がこうもころころ変わるのか。どうしてこんなに国民の命も地球環境も踏みにじって自身の利益のみ追求できるのか。企業・組織はなぜこうも「命よりも金儲け」にひた走れるのか。

もちろん例外的な人や企業もありますが、これまでいろいろな問題で見てきたのは上記のような気持ち悪いほど利益と保身にのみ走る人たちだったので、やっぱりこういうことかと確認して納得できたところがあります。

個人の資質の問題もありますが、環境が人の行動を左右するのは動かしがたい事実。

私たちが置かれている環境を、多くの人が認識しなければならないと思います。

マスコミや権力者の言葉はそのまま信用せず、その裏側を読まなければなりません。

長く中国と日本のはざまで、そして終戦以降は米軍と日本政府との間で、政治的に苦難の道を歩んできた沖縄の人たちには、そういったたくましさがあるのだと思います。

しかし、多くの人が語るように、今は大きな大きな変動期。

これから数年で世界は大きく変わるでしょう。

その時に、少しでも判断を誤らないでいられるように、私たち一人ひとりが勉強して選択していかなければなりませんね。

この本もとても勉強になりました。ぜひ読んでみてください。

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『幸せの経済学』5/22全国100か所上映会

『ラダック懐かしい未来(Ancient Futures)』という本のタイトルを聞いたことのある人は多いと思います。

インドの秘境ラダックに入った著者ヘレナ・ノーバーグ=ホッジさんが、自給自足によって伝統的な暮らしをして満ち足りていた人々が、グローバリゼーションによって地域に貨幣経済が入り込み、貧富の差ができ、人々のつながりも断ち切られて孤立化していく様子を書きつづった書籍です。

私はこの本のDVD化したものを見ました。

利益追求の現代資本主義文明の暗部が、ラダックの人々の変化によってあぶりだされていくような内容でした。

自分達が生産する農産物よりも安いものが地域に出回り、収入を断たれた家族は生活のためには誰かが働きに行かなければならない。

また、街には商品があふれ、本来必要のないものを、欲望を刺激されることによって買うよう仕向けられ、そのお金を稼ぐためにも働き手は村を出て行きます。

雑然とした街中をビニールゴミが風に舞う様子は殺伐としていて、それまでの人々の暮らしとの対比に、西欧化の罪、というようなものを感じさせられました。

これがまさにグローバル化ということで、世界中で同じことが起こってきたし、今もどこかで起こっているのです。

今回の人災である原発事故も、このような流れの中で必然的に起こったものと思います。

ごく簡単に行ってしまうと、もっともっと欲しい、という気持ちを刺激し、本当に必要なもの、大事なものを見失わせるシステム。

それが現代文明なのだということを、ラダックという地域の変化の中でくっきりと見せつけられた思いでした。

                                                          

その著者であるヘレナ・ノーバーグ=ホッジさんが監督を務めた映画が、この『幸せの経済学』です。

世界中で現代文明は多くの問題を抱えてきましたが、この数年、システムとしての限界が誰の目にもあらわになってきていると思います。

では、私たちはどういった生活、どういった社会をイメージしていったらいいのか。

そのヒントが、この映画には込められているのではないかと、私は期待しています。

5月22日、今度の日曜日、全国100か所で一斉に上映会が催されるとのこと。

みなさんのお近くでもきっと上映会があると思います。

料金もお安いところが多く、中には無料というところもあります。

申し込みをして、この機会にぜひ足を運んでみませんか。

                                                           

以下上映会サイトより

あなたは、「豊かさ」をどんなものさしではかりますか?
お金を持っていることでしょうか。便利で、快適な暮らしを送ることでしょうか。

 今まで世界では国の豊かさを測る指標として「GNP(国民総生産)」や「GDP(国内総生産)」などが使用され、どれだけ経済成長したかということが「豊かな国」と定義だと信じられてきました。この考え方はグローバリゼーションの波に乗って世界中に広がり、世界の様々な地域に「開発」という名の「消費社会」が流れ込みました。結果、便利で快適に生活できるなどの正の側面がある反面、負の側面ではコミュニティの伝統的な暮らしが崩壊し、かつてはそこにはなかったはずの「新たな貧困」が生まれるようになったことも事実です。本当の豊かさとはなにか?それを、今こそ考える時ではないでしょうか。

上映会場は下記のサイト参照。

http://www.shiawaseno.net/100-2

ラダックの女性たち

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『未来の食卓』上映会

映画上映情報が入ったので、お知らせします。

それはフランス映画の『未来の食卓』。

公式ページのイントロダクションはこちらです。

私は昨年観ましたが、是非多くの人に観ていただきたい映画です。

上映会は下記の通り。

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11月27日(土)

浦和コミュニティセンター(浦和駅東口目の前のパルコの上)

 ①9時半~の部 10階第13集会室

 ②18時~の部 9階15集会室

申し込みはメールでnpomillet*gmaik.comへ。 → *を@に代えて送ってください。

特に返信はしません(定員がいっぱいのときのみ返信します)。

入場料は無料ですが、カンパは歓迎とのことです。

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この映画を観て、化学肥料と農薬の現代農業はどこでも同じような問題を引き起こしているのだなぁと再確認しました。この点でもグローバル化しているのですね。世界中で同じような問題が起こっています。

フランスの果樹栽培地域では、子どもの白血病やその他のガンが他地域と比べて高率で発生していて、農夫は農薬の副作用に苦しんでいる状況も語られています。

木村秋則さんの物語を思い出してしまいました。

また、土が硬くしまって雨が降っても保水力がないため表面を流れて行き、土壌流出してしまうのも世界共通の問題です。

この映画では、この村の村長が学校給食の食材を全てオーガニックに代えて行く過程が語られていて、子どもたちがファストフードから野菜のおいしさに目覚めて行く様子が観ていてうれしかったです。

ジャン・ポール・ジョー監督の以下の言葉に共感しました。

「環境問題を考えたとき世界を変えていくには、子供たちと母親、そして未来の母親である女性の存在が大きいと思います。この作品を作るにあたって私は最後に希望を必ず残したかったのです。今すぐに行動すれば希望は失われないという希望です。ドストエフスキーはこういいました“美こそ世界を救う”と。この作品は自然の美しさへのオマージュです。そして自然の美しさを守る事こそが子供たちの未来を守る事だと私は信じているのです」

是非見に行ってくださ~い!無料ですから

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「不食の時代」

映画「不食の時代」の招待券をいただいたので、渋谷のUplinkで観てきました。

駅から上る道を1本間違えてしまって、迷路のようなアヤシイ一画に迷い込んでしまい、3人の人に道を聞いてやっとたどりつきました~(-_-;)

しかし、渋谷にほど近いところにあんな区画があるんですね。

もうずいぶん前になりますが、確か東電のエリート女性社員が殺された事件のあったあたりだと思います。

でも、迷いながらも、自称「日本で一番小さなデジタルシネマ」であるこの映画館にたどり着く途中には、ちょっと怪しげだけど歴史を感じさせるような、いわくありげで魅力的で入って見たくなるような飲食店が結構ありました。

誰か一緒に行ってくれる人がいたら、また行ってみたい(^_^;)

                                                         

「不食の時代」は大阪の八尾市で鍼灸師をしている森美智代さんを筆頭に、今は亡き医師甲田光雄さんの元患者さんたちのインタビューからなるドキュメンタリーです。

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どの人もみんなガンをはじめとする難病から健康を回復した人達。

全員に共通するのが、甲田病院での西式健康法を取り入れた、断食を含む生菜食療法で回復したということ。青色野菜ジュースや玄米菜食です。

断食を取り入れることによって飢餓状態になった体では、それまで使われていなかった遺伝子のスイッチがオンになるのではないかと考えられているようです。

登場人物の全員が今も1日の総摂取カロリーは1000キロカロリー以下。

森美智代さんに至っては、1日に野菜ジュース1杯なので60キロかロリー!

現代栄養学に毒された常識では考えられない数字です。

しかし、森さんの体を詳しく調査した結果、免疫力の指標であるインターフェロンαが通常の4倍以上もあったそうです。

これまでもガンや難病には小食、菜食がいいと、よく言われてはきました。

私も体調が悪くなったときに西式健康法や甲田医師を知り、1日2食、できるだけ菜食(かなりなんちゃってですが(^_^;))を続けています。

甘いものがなかなかやめられなかったけれど、徐々に少なくなってきてはいます。

そして、小食、ほぼ菜食(少量の肉や魚は食べている)にしていると体調がいいことを実感しています。

そうしていると添加物もそれほど取らなくて済むし。

この間、夫と大規模ショッピングセンター内の、びっくりするほど大きな食品売り場に行きましたが、ほとんど買おうと思うものがなく、野菜を少し買った程度で出てきてしまいました。何年か前なら、あれもこれもとカゴを一杯にしていたでしょうけど。

商品というのは、ほとんどがいらないようなものなのだなぁと実感。

                                                           

話がそれちゃいましたが、映画の登場人物では、境野米子さんは以前から著書やブログで知っていましたのでお顔が見られて嬉しかった。

再現ドラマで山田まりやさんが演じた主人公、森美智代さんにはお会いしたことがありました。

だから、内容はほぼ知っていることでしたが、改めて感動したり印象に残った言葉がありました。

何といっても映画のサブタイトルにもなっている甲田先生の持論、「愛と慈悲の小食」。

人間は(先進国の)食べ過ぎています。それで病気になっている側面が大きいのだから皮肉です。

肉は本来食べなくてもいいもの。肉食をやめ、小食にしたなら、殺生も最小限で済むのです。その上、健康にいいのですから、これほどいいことはない。

そして、飢えている国の人たちにも食料が回って行けば救われる人がどれほどいるでしょうか。

もう一つ、印象に残ったのは最後に森さんが語っているもので、人は魂に何かを刻みつけるために生まれてきた、という言葉です。

ただ生まれてきたことに意味がある、生きているだけで意味がある、と私は受け止めました。

                                                         

監督の白鳥哲さんにもがぜん興味を持ちました。

これが3本目の映画だそうですが、彼自身もガンを患っているらしい。

他の2本もぜひ見て見たい。白鳥さん自身のお話も聞いてみたい。いつかお会いできるといいなぁ…

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