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国際有機農業映画祭2010 世界中で同じことが起きている

「緑の革命」光と影

1992年インド映画です。

緑の革命(みどりのかくめい、: Green Revolution)とは、1940年代から1960年代にかけて高収量品種の導入や化学肥料の大量投入などにより穀物生産性が向上し、穀物の大量増産を達成したこと(ウィキペディアより)

映画について国際有機農業映画祭のHPより
「20世紀で最も成功した発展戦略のうちの1つとされた「緑の革命」は、インドなどの発展途上国が、確実に飢饉から脱却したと信じられている。しかし25年後、この成果を誰が受け取ったか、と問いかけ、「緑の革命」の暗く複雑な側面を明らかにする。インドにおける「緑の革命」は、新しい農奴層を作り出すのに一役買い、初期の劇的な生産高は農薬中毒とともに減少し、奇跡的な小麦の品種は短命で終わった。」

この「緑の革命」に主導的な役割を果たしたのはアメリカの農業学者、ノーマン・ボーローグ。

世界の食糧不足の改善に尽くしたとして、1970年にノーベル平和賞が与えられています。

映画ではこの人が、よいことをしたという確信的な表情で(私にはそう見えた)出てきます。

緑の革命

しかし、1992年のこの時点で、インドでは「緑の革命」の弊害があらわになっている。

改良された高収量品種は化学肥料と農薬がセットになっているのです。

初めは収量が何倍にもなり、飢餓を救うと期待されていました。確かに初めは期待された成果を上げたのです。しかし、年数を経るごとに化学肥料の投入量が3倍にも増え、それでも収量が落ちて行くようになる。大型機械の導入で支払いがかさみ、小作農への給料支払いも滞るようになっていく。

インドでは耕地を持つ富農と持たない小作農との格差は開くばかりなうえ、富農も生産コストの上昇で苦労しているように見えます。

その上、肥料や農薬による環境汚染、がんや高血圧などの病気の増加、石油燃料への依存の増大。結局、この「緑の革命」で自分の首を絞めているかのような状況が描かれています。どこでも起こることは同じなのです。

また薬剤について見ても、除草剤の多投→耐性雑草の誕生、殺虫剤の多投→耐性害虫の発生、人間では抗生物質の多投→耐性菌の登場、ということを考えると、改めてこの世界には一定の法則性があるのだと思わされます。

                                                       

何年か前、「ラダック 懐かしい未来」という映画を見ました。

インド北部の小チベットと呼ばれる秘境・ラダックにグローバル化の波が押し寄せ、そこで一見貧しくとも自給自足的な生活をして穏やかに暮らしていた人々が、安い製品、農産物の流入とともに生活が厳しくなり、働き手を町に取られていく。お金がなくては暮らせない状況に追い込まれて、その生活はむしろ貧しくなっていくのです。

町にはたくさんの商品があふれるようになったけれど、ビニールゴミが舞い上がり、人々の表情が殺伐としてきたように見える。

この映画を観た時、グローバル化の罪を強く感じましたが、それと同じような感慨を、この「緑の革命」でも覚えました。

グローバル化にも、飢餓を救うとか、人々を豊かに、とか、大義名分はあるのでしょう。あるいは本当にそういう思いで取り組んだ人もいたと思います。でも、その裏には確実に先進国の、というか、搾取する側の利益追求がある。

世界中で同じことが起きているんだと、改めて思いました。

これに勇気をもって立ち向かったのがパーシーさんであり、搾取ではなく、裏もなく、本当に飢餓や貧困をなくしたいと立ち上がったのがペシャワール会であり中村さんなのですね。そこに大きな希望をもらいました。

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