『本土の人間は知らないが、沖縄の人はみんな知っていること』

先週木曜日に実家から帰ってきました。

連日出かけていたら風邪が本格化してしまい、今日はうちにおとなしくしていますcatface

 

前泊博盛(沖縄国際大学教授・前琉球新報論説委員長)・監修、須田慎太郎・写真 矢部宏治・文の、この本を知り合いから勧められて読んでみました。

驚きました!

いままで「どうしてだろう?」と考えてきて、漠然とこういうことかなぁと思っていたことが、はっきりと見えてきた感じ。それも私の想像を上回る内容で(-.-)

なぜ日本の政治家や官僚はこんなに情けないのか。なぜ小泉純一郎以外の首相がこうもころころ変わるのか。どうしてこんなに国民の命も地球環境も踏みにじって自身の利益のみ追求できるのか。企業・組織はなぜこうも「命よりも金儲け」にひた走れるのか。

もちろん例外的な人や企業もありますが、これまでいろいろな問題で見てきたのは上記のような気持ち悪いほど利益と保身にのみ走る人たちだったので、やっぱりこういうことかと確認して納得できたところがあります。

個人の資質の問題もありますが、環境が人の行動を左右するのは動かしがたい事実。

私たちが置かれている環境を、多くの人が認識しなければならないと思います。

マスコミや権力者の言葉はそのまま信用せず、その裏側を読まなければなりません。

長く中国と日本のはざまで、そして終戦以降は米軍と日本政府との間で、政治的に苦難の道を歩んできた沖縄の人たちには、そういったたくましさがあるのだと思います。

しかし、多くの人が語るように、今は大きな大きな変動期。

これから数年で世界は大きく変わるでしょう。

その時に、少しでも判断を誤らないでいられるように、私たち一人ひとりが勉強して選択していかなければなりませんね。

この本もとても勉強になりました。ぜひ読んでみてください。

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『福島のウソ』

すっかりご無沙汰しています。

今日はもう4月下旬。

でも今年初めてのブログです。

冬の間、実家に行って両親の生活援助、雪かき・雪掘りをしていました。

3月からはまた毎月通う生活です。

ブログもどうしようかと思っていたのですが、情報の発信だけでもと思い、書ける日にできるだけ書くことにしました。

今日は、このところ全くと言っていいほどマスメディアに情報が出なくなった福島原発について、ドイツのテレビが現地取材したものを貼り付けます。

日本のメディアは真実を報道してくれないので情報は外国から得るしかないですね。

内容についてはブログ「思えば遠くへ来たもんだ」さんからお借りしました。

このテレビ番組については3月にyoutubeに上がっていたもので、ご存知の方も多いと思います。もっと早く書きたかったのですが、今日になってしまいました。

翻訳は上記のブロガーさんによるものです。長いですが、まだご存じない方はぜひ一度読んでみてください。

情報元はZDFの独自取材テレビ番組「Die Fukushima-Luege」。以下転載

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ZDFの二人、福島原発周辺の立ち入り禁止区域に入るため、放射線防護服を着る。

ここは損壊した原子力発電所から汚染された地域であり、立ち入りは禁止されている。そこで私たちは案内してくれる男性と会う。実際には何が起こっているのか、この男性が見せてくれる。

ナカ・ユキテロ氏は、福島を含む原子力産業で何十年も仕事してきた、工業会社の社長である。私たちはチェックポイントを通過した。仕事を始める作業員がバスに乗って、原発の廃墟に戻ってくる。

3月11日の大惨事は、日本と世界に迫っている危険の前触れにしか過ぎないと指摘する人は多い、ナカ氏はそう警告する。この危険を把握するためには、過去を理解しなければならない。

1:13
原発爆発の映像。
私たちは立ち入り禁止区域に入る。原発の廃墟からは7kmの距離だ。ナカ氏は福島第一原発と第二原発の間にあるこの地区に住み、働いていた。ナカ氏と社員たちは、原子力発電所の安全対策が不十分であることを長年指摘してきたが、誰も耳を傾ける者はいなかった。

ナカ:「聡明な方々の中には、私たちの懸念を真剣に取り扱ってくれる人もいました。しかし、その人々に注意を向けるわけには行きませんでした。日本には原子力村と呼ばれる、大きな影響力を持ったグループがあり、その理念は経済第一なのです。原子力村を構成しているのは東京電力、政府、大学教授たちです。このグループがすべての重要事項について決定を下します」

2:43
私たちは東京で菅 直人首相に対し独占インタビューを行った。菅首相は当時、第二次大戦以来最大の危機を一国の首相として乗りきらねばならなかった。ネットワークによる報告について、首相ですら知らされなかったということを聞いて、我々は呆然となった。マスメディアは首相についてデマを拡散し、首相は辞任に追い込まれた。政府のトップは原子力村といさかいを起こした。

菅:「最大の問題は、3月11日以前に、初めからからとるべき安全措置がとられていなかったということです。この意味で、事故の直接の原因となったのは津波でしたが、本質的な過ちは、とるべき安全措置が取られていなかったということです。必要な措置を単に怠っていた、責任者の過失です」

つまり、この大惨事の原因は大地震でも津波でもない。私たちは原子力村について手がかりを得、嘘仲間のネットワークと刑法に触れたエネルギーの姿が明らかになった。

3:58
追求していくと、アメリカ大陸に赴く必要が出てきた。
私たちはカリフォルニアはサンフランシスコに飛んだ。

私たちは、長年にわたって福島の原子炉のメンテナンスを担当してきた男性(スガオカ・ケイ氏)と会う約束をしていた。そして、日本の巨大電気企業である東京電力が、予期せぬ深刻な問題を隠してきたことを知った。

福島第一原子力発電所の第1号機は、1970年代初頭にアメリカの工業コンツェルンであるゼネラル・エレクトリックにより建造された。アメリカの技術者が点検を担当した。福島ではいつも問題が見つかった。

ZDF:「あなたが点検を終えた時、東京電力はあなたに何を期待していましたか?」

スガオカ:「亀裂が発見された後で、何が期待されていたか、二言で言い表すことができます。口を閉じろ。黙っていろ」

問題は想定されていなかった。日本では結局のところ、核エネルギーには問題はないということなのだ。アメリカの技術者、スガオカ・ケイ氏もそれを変えてはならなかった。

スガオカ:「1989年のこと、私たちはビデオによる過熱蒸気発生装置の検査を予定していました。原子炉の検査を始めたところ、大きな亀裂を見つけました。かつて見たこともないような大きさでした。」

しかし、スガオカ・ケイ氏と同僚が見つけたのは、そればかりではなかった。

スガオカ:「同僚は原子炉を視察していましたが、その目が次第に大きく見開かれていったのを私は見ました。同僚は、過熱蒸気発生装置が反対に取り付けられている!と言いました」

すなわち、原子炉の中心には重大なミスと欠陥がある。スガオカ・ケイ氏は検査チームのリーダーであり、正しく事後処理をする責任があった。しかし、彼の検査結果は東京電力の気に入らなかった。

スガオカ:「私たちは点検し、亀裂を発見しましたが、彼らからビデオ資料を消去するように求められました。報告書も書いてはいけないことが多かったです。私は報告書に署名だけしました。過熱蒸気発生装置が間違えて取り付けられていたことを、私が記録したに違いないと彼らは知っていました。」

ZDF:「つまり、記録を偽造するよう求められたのですか?」

スガオカ:「その通りです。私たちのマネージメントに記録を偽造するよう強要しました」

スガオカ氏は10年間沈黙を守り通した。職を失うのを恐れたのだ。ゼネラル・エレクトリックを退職して、スガオカ氏は沈黙を破り、日本のあらゆる関係官庁に報告した。しかしスガオカ氏にとって意外なことに、その後何年もの間何も変化はなかった。日本の原子力安全・保安院はスガオカ氏を厄介払いしようとした。

しかし2001年にこのアメリカの技術者は、ついに同志を見つけた。日本の福島で。

7:24
佐藤栄佐久氏は18年間福島県知事を務めた。当時は与党であった保守派の自民党の所属である。佐藤氏は政治体制側の人であり、皇太子夫妻の旅行のお供を務めたこともある。佐藤氏も住民にとって、原子力発電所はまったく危険ではないと確信していたが、その後、佐藤氏は信頼を失った。

佐藤:「ファックスで20例ほどの報告を受けました。それは県内の原子力発電所の情報提供者からで、スガオカ・ケイ氏の報告も2例ありました。経済産業庁はその非難が正しいかどうかチェックせずに、東京電力に直接転送しました。そこで、信じられないことが起こったのです。東京電力はそれらの報告を改ざんしました。そこで私は、このような行動が改められなければ重大な事故が必ず起こるに違いないと新聞記事に書いたのです」

今や官僚主義も、もはやこの問題を避けることはできなくなった。17機の原子炉が停止した。調査委員会は電力コンツェルン東京電力が、何十年もの間メンテナンスデータを改ざんしたり、重大な故障情報をもみ消したばかりでなく、

「福島の炉心融溶すら」  「30年もの間」

隠され続けてきたことを明らかにした。

経営陣は辞職し、職員は非難されるが、新しい役職を与えられる。告訴された者は一人もいない。

そればかりか東京電力の責任者、勝俣恒久氏はコンツェルンの代表取締役会長に就任する。佐藤知事に対し、データの改ざんおよび恥ずべき態度について謝罪するも、佐藤氏は追及の手を緩めず、原子力エネルギーの急速な拡張を繰り返し批判する。

しかしこの点で、佐藤氏は日本原子力政策ゲームのルールに違反した。2004年にその報いが来た。

佐藤:「12月27日のこと新聞に、私が不法な土地取引に巻き込まれているという記事が載りました。執筆者はもともと原子力専門のジャーナリストです。内容はこのジャーナリストが自由にでっち上げました。そして弟が逮捕されました。」

佐藤:「担当検察官は総理府から一時的にこちらに転属されていました。名前は森本と言います。彼は弟に、我々は知事をいずれ抹殺すると言いました。その結果、約200人の関係者に圧力がかかりました。知事のことを悪く言いなさい、それで十分だから、というのです。圧力に耐えられず自殺した人も2、3人います。そのうちの1人、会社の総務部長はいまだに昏睡状態で入院しています」

友人と同僚を守るために、佐藤氏は辞任した。後に、裁判で無実が証明されたが、沈黙を敢えて破ろうとした邪魔者は、これで片付けられた。

これは、日本社会経済の大半をがっちり押さえている権力グループによる復讐だった。このグループは日本国内で、「原子力村」という悪気のない名前で呼ばれている。

10:53
菅:「日本ではずっと、とくにこの10年、20年、原子力エネルギーの危険性について発言しようとすると、いろいろな圧力がかかります。大学の専門家が、たとえばこのような危険が生ずる可能性がある、と発言すれば、昇進の可能性はありません」

菅:「政治家たちはエネルギー企業から、さまざまな経済的支援を受けています。しかし原子力エネルギーの危険性について発言すると、支援からはずされます。あるいは、原子力エネルギーに賛成すると、気前の良い献金が受けられます」

菅:「このお金には文化、スポーツの分野、あるいはマスコミ関連のお金も含まれています。いろんな分野が密接に関連しているという理由で、批判的発言が不可能な状況が生まれています。ですから原子力村というのは、決してごく一部の問題ではなく、日本全体を覆っており、すべてはその中ににとりこまれています」

11:53
菅総理大臣は国会で、東京電力からお金を受け取った100人以上の議員と対立している。その中には前首相も、同じ政党の党員もいる。

しかし、ネットワークはもっとはるかに拡がっていた。役人の多くが役職を終えた後、巨大電力会社に移籍している。1962年以来、原子力管理担当官庁の大臣などのトップ公務員が、東京電力の要職に就く例が、あまりに多すぎる。日本語では「天下り」と呼ばれている。その反対方向もある。加納時男氏は東京電力の取締役から国会に入り、当時の与党自民党でエネルギー政策を12年間担当した後、東京電力に戻った。

河野太郎氏は「このネットワークについては議員と話し合いました」と言う。河野氏は有力政治家の家系の出であり、父は外務大臣であった。河野氏は自民党である。自民党は第二次世界大戦後日本を約60年にわたって治めてきた保守党である。自民党は原子力産業を築き、強力に拡張を推し進めてきた。

河野:「彼らはいつも、日本では原子力事故は起こり得ないと説明してきました。事故に備えるよう人々に言ったことはありません。地方自治体でさえ、その危険性を知らされませんでした。繰り返し言われてきたのは、深刻な事故に備える必要はない、単純な話、ありえないのだから、という話でした。彼らはこの作り話を続け、この作り話で真実を覆い隠してきました。今になって、すべてが嘘であると認めざるをえませんでした」

13:36
この空気が壊れたのが2011年3月11日のことだった。日本がかつて経験しないような大惨事。14時46分、この国は計測されて以来最大の地震に襲われた。マグニチュード9。

しかし地震は単に、太平洋のずっと沖の方で発生している恐怖のスイッチでしかなかった。時速何百キロもの速さで巨大な波、津波が日本の東海岸に押し寄せた。津波は場所によって30mの高さに達し、街全体を消し去った。およそ2万人が波に飲まれて命を落とした。

津波の映像

まだ損壊していない福島第一原発にも、津波は押し寄せた。津波に対する6mの防壁はあまりに低すぎた。東京電力も原子力保安院も、いわゆる殺人的津波警報を真に受けていなかったし、当地では何も変更していなかった、そのつけが今、回ってきた。

15:44
菅:「原子力発電所の建設方法では、もともとは海から35mの高さになるはずだったのです。地面は海面から10mの高さに土を盛り、その上に原子力施設が建てられました。当時の方針では、海から水をポンプで汲み上げるには、低い方が良いということでした。東京電力社史にも、まさにこの方法が、とりわけ経済面で効率が良いと書いてます」

大波は大破した原発に止めを刺した。まず電源が喪失、非常用電源も設置場所が低すぎたので水浸しになってしまった。電気がなければ原子炉の炉心も冷却もできない。

菅:「法律によれば、どの原子力発電所も非常時に備えてオフサイトセンターを設置しなくてはなりません。福島では、原発から5kmのところにオフサイトセンターがありました。センターは1分間機能しましたが、地震が起きたため、人々はすぐにそこに駆けつけられませんでした。そして電源が喪失し、いっさいの通信機器は使えなくなりました。すなわち、オフサイトセンターはまったく機能しなかったという、深刻な事態に直面しました。法律では、地震と原子力発電所事故が同時に起こる可能性について、まったく想定されていません」

原子力発電所で大変なことが起こりつつあるという事実について、菅直人氏にはこの時点で、まったくと言っていいほど情報が伝わっていなかった。日本の総理大臣は福島の重大な爆発事故について、テレビの映像を観るまで知らなかった。

菅:「東電からは、どのような爆発が起きたのかについて、テレビ画面に映像が映されて1時間以上たっても、何も報告がありませんでした。たとえ、現地で状況を正しく推測するのが非常に難しかったとしても、東京電力はしかるべき状況判断をして、私たちに情報を公開すべきでした。しかし、そのように迅速には行きませんでした」

大震災から4日たった2011年3月15日、東京電力と原子力保安院は尚、表向きには危険を小さく見せて丸く収めようととしていた。しかし東京電力は内密に、従業員を全員避難させても良いという許可を、総理大臣に求めていた。さもないと、従業員は全員死亡するだろうというのだ。

菅:「まず東京電力の社長を呼びました。そして、撤退はあり得ないと言いました。もし撤退したら炉心融溶が起こり、放射性物質が大量に拡散される。もしそうなれば、かなりの広範囲で人間が住めない状況になる。」

菅氏は初めから東京電力を信用していなかった。現地を自分の目で確かめるために福島に飛んだ。この時点で、すでに3つの原子炉で想定可能最大事故を超える事故が起こっていた、正確には11日、大震災の夜すぐに起こっていた、と日本の総理大臣に報告した者は、この時点までいなかった。

菅:「東京電力および原子力安全・保安院の報告は、東京電力が管理しているのですが、燃料棒が損傷している、あるいは炉心融溶が起きているという内容の文章はありませんでした。15日の時点では、そのような事態にはまだ至っていないという報告が私に上がっていました」

19:00
大震災から1年近く経った東京。大震災の直後に原子炉では想定可能最大事故を超える事故が起こっていたことは、世界中の専門家は全員とっくに推測していたのに、東京電力がその事実を認めるのに2ヶ月もかかったのは何故か、その理由を私たちは東京電力から聞きたかった。

ZDF:「第1、2、3号機で炉心融溶が起こったとわかったのはいつですか?」

東電(松本):「こちらも目で見るわけにはいきませんけれども、中央管理センターのデータに基づきまして推測しましたところ、炉心が融溶して圧力容器の底にあるのではないかと、5月初めになって認識しております」

今日もなおデータ、数値、資料の裏に身を潜めつつ、毎日行われる記者会見でこの巨大電力企業が流す情報によれば、原子力発電所の状態は制御されているという。しかしデータに埋もれていたある資料を見て、大惨事の責任者は、自分のやっていることが本当にわかっているのだろうか、と疑念が湧いた。スポークスマンが付け加えた説明によれば、放射能で汚染された冷却水が消えた。理由は、汚染された敷地内に生えてきた草がホースに穴を開けたからだという。

ZDF:「あなたは今、”草が”放射能汚染水を流す水道管に穴を開けることがありうる、本当にそうおっしゃったのですか?」

東電:「まあ、私たちが草むらの上に水道管を敷くのは初めての事でありまして、植物がここに穴を開けるっていう事に関しましては、少し知見が不十分だったという風に思っています」

20:48
原子力廃墟を危険にさらすのは、草だけではなかった。私たちは富岡に入る。そこはゴーストタウンだった。ここから福島第一発電所までは7km、原子力技術者ナカ・ユキテロ氏と一緒に原発に向かうところである。

彼のような住民には、個人の持ち物を取ってくるために、時間を区切って立ち入りが許可されている。ナカ氏は自分の会社に案内してくれた。そこは地震でごちゃごちゃになり、放射線で住めなくなった。

21:28
ナカ:「この古い木の建屋はとても居心地がよく、素晴らしい社屋でした。環境は静かで、夏は涼しく、冬は暖かい。人々はとても幸せでした」

ナカ氏の為に約80名の原子力専門家が働いている。そのうち多くの人々が、大震災で破壊された二つの原発を制御するのを手伝っている。この原子力廃墟で何が起こっているのか、ナカ・ユキテロ氏と社員たちは知っている。

ナカ:「一番心配なのは、破壊された原発で働ける専門技術者が、もうすぐいなくなってしまうことです。大半の技術者は、被爆量が被爆限度量に達しているからです。施設内の労働に十分な人数の専門技術者を、どこから連れてくればよいのか、私にはわかりません」

22:24
まだ被爆していない専門教育を受けた労働者がいなければ、この大惨事を制御することは不可能だ。仮に今後40年間、専門教育を受けた技術者や専門家を十分に確保できたとしても、問題が一つ残る。日本ばかりでなく、世界も変えるかもしれないような問題が。

ZDF:「現在、原発は安全ですか?」

ナカ:「う~ん、政府や東京電力は安全だと言っています。しかし、現場作業員は信じていません。大きな危険があります。私が個人的に心配なのは第4号機です。建屋は地震によって大破しました。4階の燃料冷却プールには約1300本の使用済み燃料棒があります。その上の階には新品の燃料棒が貯蔵され、重機がたくさんあります。すべてが、非常にきわめて深刻な状態です。大地震が再び起こったら、建屋は崩れ落ちるかもしれません。そうなれば、新たに連鎖反応が起こる可能性が非常に高いです」

つまり、外気にさらされた状態で炉心融溶が起これば、今までの私たちの知識からすれば、日本の終わりだ。その場合、放射線は死に至るほど危険であり、敷地内での作業は一切できなくなる。その結果、第1号機、第2号機、第3号機、第5号機、第6号機も制御できなくなるであろう。ハルマゲドンだ。

24:10
東京で私たちは著名な地震学者、島村英紀教授に面会した。島村東京大学教授は2月に研究論文を発表した。その論文によれば、今後4年間に日本が再び大地震に襲われる確率は、75%だという。

ZDF:「そのような地震によって、実際に原子力発電所が損傷を受ける可能性はありますか?」

島村:「はい、可能性は非常に高いです」

ZDF:「なぜですか?」

島村:「ガル値で測定した地震の加速度は、今まで推測していたよりはるかに大きかったのです。ここ数年間1000台を超える特殊測定機器を設置し、確認したところ、地震の衝撃は今まで想像もできなかったほど強く、急速に加速する可能性があることがわかりました」

しかし、そうだとすれば、日本中のあらゆる建造物にとっても、原子力発電所にとっても大問題になる。この点について島村教授は次のように説明する。

島村:「これは日本の原子力発電所の設計です。この業者は、今後大地震が来た場合に、300~450ガルの加速度を想定しています。この業者によれば、原子力発電所が600ガルにさらされるのは、想定できないような大地震の場合です。しかしこの数値が適用されるのは、原発の格納容器のみで、その他の構造部分には適用されません」

島村:「私たちの調査では、最近起きた二つの大地震に際し、加速度は4000ガルに達したことが明らかになりました。この設計が想定したよりもはるかに高い数値です」

ZDF:「原発経営者はこのことを知っていながら、施設強化を行わなかったのでしょうか?」

島村:「今のところ、まだ行われていません。不十分なのではないかと思います。いずれにせよ、このような大地震も耐えられるような施設を建設するのは、まず不可能です」

原子力廃墟から60km。ここ、福島災害対策本部は東京電力、保安院、福島県をまとめている。この三者は協働して、原子力発電所火災と闘っている。私たちは東京電力の災害対策責任者と面会する予定を入れた。損傷を受けた原発、とりわけ危険な第4号機を大地震からどのように守るのか、彼らの見解を聞きたかったのだ。

東電災害対策(シライ):「4号機のプールには、非常に多くの燃料棒が入っています。燃料棒を保護するには、冷却プールの補強が必要です。冷却プールの下の階には最近、梁が構築されました」

ZDF:「原子力発電所は、ほぼ全壊といっていいほど損傷しています。1年前、まだ損傷がなかったときでさえ、大地震に襲われて持ちこたえられませんでした。この同じ原発が、今度大地震が起こっても安全だという結論を、あなたはなぜ出せるのですか?」

シライ:「地震安全対策の評価を行いました。対象は第4号機だけではありません。そして、問題ないという評価を得ました」

ZDF:「地震学者は4000ガルを測定し、そのような地震に耐えられる原子力発電所はないと言っています。なぜあなたは、福島直下の地震によって、原子力発電所の残った部分も大損害を受けない、と確信できるのですか?」

シライ:「えー、あなたのおっしゃる4000ガルは、別の話だと思います。その点については…お答えできません」

ZDF:「東京電力が日本で原子力発電所を再開しようと準備を進めている話を、あなたは信じますか?」

シライ:「…(無言)答えられないね」

福島海岸の風景。線量計。

ナカ:「これが結果です。すべての人は、この結果を知らなくてはなりません。みんなの政治の為に、未来の為に」

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以上、転載終わり。

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お知らせ

メリークリスマスsign03xmas

 

今年も残すところ1週間足らずになりましたね。

激動の一年が終わろうとしています。

私がブログを始めてから4年半になりますが、最も忘れられない1年だったと思います。

本来このブログは、体調不良から仕事を辞めて時間ができたことから始めたものでした。

織物を中心に日常で感じたことを書いてきたものです。

しかし今年の大震災以降、気が付けば内容が変わっていました。

日常のささやかな楽しみや小さな出来事に感じたことを、個人的に書いてばかりはいられないような気持ちになっていました。

個人と広い世界とは不可分であることを思い知らされた9ヵ月でした。

そんな重苦しい気持ちの時に、気分転換にも、織物は私を助けてくれて、夏には結構織って服に縫ったりしていたのですが、その写真を撮ってアップするという行動がなかなかできなかった。

情報を求めてパソコンの前に座る時間は長かったのに。

そして、気が付けば実家の両親の肉体的衰えもいつの間にか進み、実家に帰る時間がこれから増えていくと思います。

この冬はたぶん実家に行ったきりになると思います。

そんなこんなで、このブログを続けていくことは、少なくともこの冬は無理になりました。

パソコンの前で時間を取られることにも疑問を持っていたこともあり、しばらくお休みしようと思います。

ささやかな日常の時間も大事にしたい。

来年も大きな動きはまだまだ続きそうです。

先のことが見通せない、ともすると不安になることも起こってくるでしょうが、世界の動きを見つめながらも、生活を大事に、ささやかな幸せを大事にしながら暮らしていきたいと思います。

 

最後に今年の干し柿の写真を。

今年は地元の柿が不作だったらしく、JAではほとんど見かけませんでした。

それで、ネットで取り寄せたらすご~く大きくて立派な愛宕柿が届きました。

いつもの2倍の大きさです。

77個作り、今おいしくいただいています。うふふconfident

私のささやかな至福のひと時ですheart04

Photo

このブログにお付き合いいただいた皆様、ありがとうございました。

来年が皆様にとって幸せな一年となりますよう、お祈りしていますshineshineshine

 

 

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第五回 国際有機農業映画祭② セヴァンの願い

前回書いてからずいぶん時間がたってしまいました。

師走はやっぱり忙しいですねsign01

思い出しながら映画祭の続きを。

 

オープニング上映は『セヴァンの地球のなおし方』でした。

以下引用--------------------------------------------------

セヴァンの地球のなおし方

 2010年/フランス/115分 英語・仏語・日本語・日本語字幕
 監督:ジャン=ポール・ジョー

地球のなおし方 1992年の地球サミットで、「どうやってなおすか分からないものを、壊し続けるのはやめて」と12歳のセヴァン・スズキは訴えた。19年後の今、母となるセヴァンは、「子どもの未来を守るために、生き方をかえなくては」と語り続ける。地球の悲鳴を肌で感じる日本、フランスの人々を紹介し、経済優先の社会に警鐘を鳴らす。
【お薦め】農薬、化学物質、乱開発、食品添加物、そして放射能……地球はいまも壊され続け、私たちの命も脅かされ続けており、環境は悪化の一途をたどっている。それでも活動をやめないセヴァンがいて、日本で、フランスで、健やかな命を育む「食」をつくり続ける人たちがいる。絶望しない、あきらめない、自分にできることをやり続ける。その先に希望が見えてくる。(中村易世)

以上引用----------------------------------------------------

12歳のセヴァンの存在感に圧倒されました。

まっすぐに、まっとうなことを堂々と語るセヴァンに感銘を受けた人は多かったようです。

この映画の監督もセヴァンに触発されて、この映画を作ったのですから。

日本、フランス両国の持続可能な農業、生き方を模索する人々が出てきますが、グローバル化された現代では、その取り組み自体が非常な困難にさらされていることも再確認させられました。

福井で登場した牛の飼料に、中国産の遺伝子組み換え作物が含まれており、フランスの基準では、この牛肉はオーガニックとは認められないとのこと。

これからTPPに参加することになれば、こういった事態は加速するでしょう。

本当はローカルな生き方を目指すべきと感じる人が増えてきたと、これまで直接・間接的に接してきた情報からは言えると思います。

持続可能な未来を考えれば当然のことです。

そのことの困難さを皮肉にも知らされたのですが、しかし、有機的な生き方を志向する人たちの力強さに希望ももちました。

 

そして次にこの日印象に残ったのは『祝の島』。

以下引用------------------------------------------------------

祝の島 2010年/日本/105分 日本語
 監督:纐纈あや 制作:ポレポレタイムス

祝の島 瀬戸内海に浮かぶ山口県祝島。豊穣な海の恵みに支えられ、代々共同体としての結びつきが育まれてきた。1982年、島の4キロ先に原発建設計画が持ち上がる。「海と山さえあれば生きていける。わしらの代で海は売れん」と島人は反対を続ける。千年先の未来を思うとき、私たちは何を選ぶのか。祝島のいのちをつなぐ暮らしを描く。
【お薦め】近所の人と大きな炬燵を囲んで、島の夜は更けていく。決して話が弾むわけではない。その人たちが、中国電力と粘り強く対峙する。一歩も引かずに島を守り、海を守る。「日常」を暮らすことで、そこに生きた人々の思いを守る。私たちは日常を奪われた人々をこれ以上出してはならない。(笠原眞弓)

引用以上-------------------------------------------------------

もう30年近く原発反対の運動を続けてきた祝島の人たち。

その多くはもうおじいさん、おばあさんです。

しかし、毎週月曜日はみんなで集まって島の中をデモ行進。

電力会社が実力行使して工事を始めようとすれば、漁船を出して阻止。

おばちゃんたちのシュプレヒコールは痛快です。

賛成派・反対派に島民が割れて、みんなが傷ついてきたこともうかがわれます。

しかし、一人暮らしになったおじいちゃん・おばあちゃんたちが近所の家に集まって毎夜、お茶を飲み、大みそかも共に過ごす。

年に一度の古式ゆかしいお祭りも島民総出で行われる。

この島の人たちの絆、つながりが今も残っていることに、そして昔ながらの自給自足的な暮らしが残っていることに、とても感銘を受けました。

このことと、原発反対運動を続けてきたことは無関係ではないと思います。

むしろ、この自然を守ろうとする志が地域の人たちを固い絆で結びつけてきたのではないかと思えました。

祝島の風景は、自然も人も、動物でさえも幸せそうで、とても癒されました。

こののどかな風景が続きますようにと祈らずにいられません。

この映画の最後で、この島のただ一人の女漁師の民子さんが語った、

「この自然を先祖が残してくれたおかげで私たちは生活してこれた。このきれいな海を子や孫のために何とか残してやりたい。その一念で反対運動をしている」

という言葉がとても印象に残りました。

だって、それは12歳のセヴァンがサミットの演壇で訴えた言葉、

「どうやってなおすか分からないものを、壊し続けるのはやめて」

に、見事にこたえた姿だったから。

不幸中の幸いと言ってもいいのかどうか、上関原発建設は本当に間一髪のところで福島の事故が起こり、断念されました。

反対運動は、多くの犠牲の上にではありましたが、実を結んだのです。

体を張って建設を阻止してきた祝島のおじちゃん・おばちゃんたちに敬意を表します。

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第五回 国際有機農業映画祭①

今月19・20日に国立オリンピック記念青少年総合センターで開催された国際有機農業映画祭に今年もまた行ってきました。

詳細はこちらです。

http://blog.yuki-eiga.com/

五回目を迎えたこの映画祭、私も今年で参加五回めです(笑)。

二日間にわたって上映される何本もの映画がどれも興味深くて、これだけの映画を1日1,800円で(昨年までは1日1,000円だったsweat01)観られるのは、この上ないチャンス!と思ってきました。

観始めたころ、こういった問題もあるのか、と興味をひかれ、年を重ねるごとに自分に対して問題提起をされているという感覚が増していきました。

そして今年、二日間にわたって観終わって感じたのは「答えが提示された」という感覚。

ずっと自問自答してきたことに回答が与えられた感じ。

その感覚には、今年の原発事故が影響しているかもしれません。

あの原発事故でもたくさんの問題提起を受け、自問自答を繰り返し続けている感じがあります。

その思いと、映画祭が提示したものとが一致した。

有機農業にとっても、放射能汚染は本当に大きな問題ですから。

今年の映画のラインナップはこちら↓。

http://blog.yuki-eiga.com/?eid=1391086

冒頭の『セヴァンの地球のなおし方』だけでも、私は今年1800円払って友達と見に行ったんですよね。

そのほか4本の作品も含めて1本分の料金で観られるのだからお得ですgood

次回からいくつかの映画について、自分の覚書として書いておこうかと思います。

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カタカムナとホツマツタエ

有史以前の日本の古代文字の一つ、ホツマ文字で書かれた「古代日本の聖典」とも言われるホツマツタエの入門書を読んでいます。

師匠からの宿題のいろんなジャンルの中の1冊。

今年中に全部お返ししたいと思っているので、最優先で読んだりテープもあるので聞いたりしているところですsweat01

実は私、上古代文字カタカムナ(万年単位の昔のものとされる)をほんのすこ~しですが、かじっていて、その比較対象としても興味深い本です。

ホツマツタエは大体B.C.7世紀ころ書かれたものが7割、A.C.2世紀ころに編纂されたのものが3割とされており、全文ホツマ文字が使われています。

カタカムナとホツマは、その字体は全く違うものなのに、読んでいて共通項がいくつかあることに気が付きました。

例えば、その共通項と思うものを上げると

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・五七調である

・母音、子音合わせて音が48で、現在と同じ

・古事記などとも共通の神様の名前やその他名詞が出てくる

たとえばイザナミ、イザナギ、アメノミナカヌシ、アマテル、タカミムスビ、タカマカハラなど

・この世界の成り立ちを説明している

・どちらも日本には上古代から伝わる高度な文明があり、それは現在の日本語の発音に残されていることを実感させる

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などでしょうか。

興味深いところでは、ホツマツタエには東北の地が古代の聖地であったと書かれていることです。

それは垂仁天皇のころ(B.C.30年ころ)まで残っていたと読めるそうです。

それを裏付けるかのような考古学上の発見が昭和の時代にいくつもあったようです。

宮城県大和町吉田字中峰の中峰遺跡から昭和57・8年に14万年~37万年前というかなり古い時代の前期旧石器が発見されている。

また、その近くの馬場壇遺跡からは11万年以上前の前期旧石器が、そこに隣接する座散乱木遺跡でも3万年前の前期旧石器が見つかっているとのこと。

大陸からの渡来人の影響も少なかったと思われる東北地方。

そこに現代まで残る伝承には、そんな古代からの伝統的なものの影響が多くあるのかもしれません。

また、もう一つホツマツタエで興味深いのはこの世界の成り立ち、天界高天原での神々の鎮座配置図であるフトマニ図です。

これを見て直感的にですが、密教の胎蔵界曼荼羅を連想しました(曼荼羅について全く詳しいわけではありませんが)。

中心に神が鎮座し、その周りを八体の神が鎮座しているところまではよく似ていると思う。

フトマニ図のほうはその周りにさらに八体、その外側に三十二体の神々、合わせて周囲の神々は四十八体(音の数と一致している)です。

胎蔵界曼荼羅は大日如来の周りに八体、その周りに四百体の仏様、とずっと数は多くなるのですが、その構図に共通するものを感じてしまいます。

この世界の成り立ちを、古代の人々は直感的に感じ取っていたのでしょうか。

また、ホツマやカタカムナ以外にも日本には数多くの古代文字があったようです。

アヒル文字、出雲文字、阿波文字、筑紫文字、アイヌ文字など、ざっと数えても20もあります。

勝手な考えですが、なかでもカタカムナは、ほかの音を表すだけの文字とは別格の、高度に科学的な文字であると思います。

その一字が包含する内容がとてつもなく大きい。

ほかの古代文字にも文字そのものの意味もあるとしても、その内容が比較にならないほど高度であり複雑です。

こうした古代文字を知るにつけ、私たちが思っているよりもはるかに深い精神性が、この日本には連綿と伝わってきていることを思わされます。

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畑の収穫 

先週末から昨日まで実家に帰っていました。

あいにくの雨で金時ささげ・大豆・花豆・貝豆・里芋・サツマイモの収穫に四苦八苦sweat01

小ぶりや少しの晴れ間をみて、急いで収穫作業をしました。

しかし、豆類は長雨ですっかり水を吸って芽を出しているものや黒ずんでしまったもの、柔らかくふやけてかびてしまったものも多くみられ、とても残念ですthink

収穫したものを車で全部持ち帰り、広げて干しているので、我が家のベランダは歩く隙間もない状態。

空間にもネットを吊り下げて干しているので、洗濯物を干すのもやっとsweat01

しかし、思った以上に収穫できたので、うれしさがこみ上げますheart04

今、乾いた大豆から豆を取り出す作業中。

しばらくは忙しいです。

下は先月収穫した金時ささげ。

今回収穫したものもあるので結構な量になりました。

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TPPの本質的な問題

TPPに対する賛否の議論が多くなっています。

アメリカの圧力に負けて(?)野田首相は推進派のようですが、最近は反対論が拡大し、国論を二分していると、今朝の毎日新聞に出ていました。これから連載が始まるようです。

実は今日、話題にしたいのは毎日の日曜日「今週の本棚」の記事です。

ジェーン・ケルシー編著『異常な契約 TPPの仮面を剥ぐ』に対する松原隆一郎さんの書評。

巷には農業問題を中心に様々な議論があふれていますが、これは個々の問題の根底にある、このTPPの本質的な問題をついた内容ではないかと思います。

原文は是非、下記サイトでお読みください。

http://mainichi.jp/enta/book/hondana/news/20111023ddm015070030000c.html

少し抜粋します。

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TPPは市場競争からの保護につながる「経済的規制」の撤廃を唱える協定には止(とど)まらない。「社会的規制」をアメリカが自己都合で変えさせてしまう点でこそ「異常な契約」なのである。

本書で取り上げられる推測を列挙しよう。

一つは畜産物への抗生物質の使用基準、野菜への遺伝子組み換え、そして残留農薬基準など食品の安全基準について、通商代表部がアメリカの国内基準を押しつけるだろうということだ。

二つには、アメリカは知的財産権の強化を主張するだろう。医薬品の特許権期間を延長したり、ジェネリック医薬品の製造に必要なデータを秘匿したりして、途上国における医薬品価格を引き上げるだろう。

三つには、投資家の求めに応じて、リーマン・ショックの原因となりここ数年で課された国際的な資金移動や金融に対する規制の撤廃が、早くも進められるだろう。これにより政府は金融危機を防止する手立てを制限されるが、それだけではない。規制を課した政府が、企業や投資家に告訴されるだろうというのだ。

これらはいずれも貿易と投資の自由化を名目として、各国が独自に定めてきた社会的規制が撤廃されるということである。しかも驚くべきことに、TPP交渉は締結まではテキスト案やペーパーを公表しない秘密主義をもって行われている。ただでさえ社会の骨格を築く社会的規制が外圧により撤廃されるというのに、一般市民は交渉過程で協定の内容を読み、影響を評価することができないのだ。

そのうえ交渉に加われるのは政府関係者に限られ、輸入から直接の大打撃を受けるであろう先住民や労働組合は話し合いの場を傍聴することも許されない。

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抜粋ここまで。

上記太文字は私が替えたのですが、ここが最も肝心かなめの部分だと思います。

戦後これまでの日本の歴史は、この繰り返しだったとも言えるのではないでしょうか。

日本はいまだにアメリカの植民地だと言う人もいます。私も特に最近はそう感じています。

もう一つ、米韓FTAの実態を詳しく解説しているダイヤモンド社のサイトを見つけました。

上記内容ともかぶり、TPPを考える参考になると思います。

http://diamond.jp/articles/-/14540

これを読むと、韓国は泥沼にはまってしまったのだと思わざるを得ません。

まさに「米国まる儲け」の契約です。

こういった内容を含め、大手メディアにはなかなか真実は出てきません。

毎日新聞のこの書評欄は最近のヒットですが、今日から連載が始まった「風雲TPP」も注目したいと思います。

                                                            

以前、映画「懐かしい未来」のところでも書きましたが、グローバリゼーションは欧米の一部の特権階級が地球規模で人々や富、環境までも搾取するための手段となっています。

自由な市場競争というと聞こえはいいですが、まさに弱肉強食、「命よりも金儲け」です。

リビアのいわゆる「民主化」の実態も???

こんな動画も見つけたので参考までに。

http://www.youtube.com/watch?v=Y9CphgEuFP0&feature=related

http://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=UOecRbKSPoU

ちなみに、遺伝子組み換え作物も認可に向かって着々と手が打たれているように見えます。

それについてはまた後日書きたいと思っています。

なかなか時間が~sweat01

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『カーネーション』

どうでもいいネタですが、朝のNHK連ドラを観ています。

いつも連ドラを見るわけではなく、見ないことも多いですが、最近では『ゲゲゲの女房』と『おひさま』を観てました。

おひさまでは、あまりにも主人公がいい子なので、後半ちょっとしらけ気分もありましたね。

今度のカーネーションは今のところ泣き笑いしながら欠かさず観ています。

ソコツもので直情型の主人公に、自分の子供時代を思い出して妙に親近感を感じるのです。

私の場合、主人公の糸子ほど明るく突き抜けてはいなかったですけどね。

でも、5歳のころの私のフィルムが残っていて、観るとニコニコしながら終始動き回っていて、周りの子どもたちを仕切っています。仕切り屋だったのは間違いないようです。

それはともかく、糸子は面白いです。

布団の向きと関係のない寝相(笑)、朝寝坊して大慌てで支度をし、おひつからじかにご飯にかぶりつき、お鍋からじかにお玉で味噌汁をすする。

う~ん、NHKのドラマとしてはけっこう大胆(笑)。

でも、これらのシーン、私そのもの?みたいな感覚ありsweat01

しかも、女学生になって、それまでは助けてやっていた幼馴染みの男の子に助けられてショックを受けているところも似てる。

私も小学校まではかけっこでも相撲でも、男の子にあまり負けたことがなかったのに、中学生になり、短距離走の記録が伸び悩み、男子に負けるようになって、自分は女なんだ~と痛感。なんだか負けることに慣れなかったし悔しかった覚えがあります。

しかも、今日はミシンをかける場面で、仕事が早いと感心されるも、ミスをしていてやり直し。目打ちでほどくので「目打ちの糸子」とあだ名される始末。

これも良く似てるわ~と大笑いしつつ見ておりました(^_^;)

何しろ、いろんなことにガ~ッと向かっていくのが特徴sweat01

考えるより先に動き出すsweat02

結果、失敗も多いわけですね。まぁ、運よくうまくいく場合もあるわけですが…。

はぁ~dash、持って生まれた性格はなかなか変わらないんですよね~。

私はただのソコツ者に過ぎませんが、糸子の場合はこれからの展開が楽しみです。

ストレートな演技の尾野真千子さんがいいですね。

                                                                                                                              

ところで、先週からBSで「赤毛のアン」シリーズを放映していました。

懐かしくてつい観てしまいましたが、それを観ても、このカーネーションを観ても、100年くらい前の人たちは今に比べて子供が大人。

おひさまの陽子もそうですが、アンも17・8歳くらいで学校の先生です。

糸子も、多分今の中学生年齢で厳しい仕事をしています。

自分のその年代と比べても大人だなと思います。

今は教育という名目で子どもが大人になる邪魔をしているようにも見えてしまいます。

昔がすべて良かったわけではないけれど、これらの映画やドラマを観て、もう少し子どもたちの興味に即した多様な進路があってもいいのではと、改めて思ったこの数日でした。

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自宅周辺の放射線を測定

市が放射線測定器の貸出しを始めたので、自宅と周辺の放射線を測定してみました。

高額でも信用性のない機器も出回っているようだし、身の回りを測ってみたいけれど買うのがずっとためらわれていたので、チャンス!と思ってさっそく借りたのです。

機器はHORIBAのRadiという環境放射線測定器。

ベータ線は測定せず、ガンマ線のみ測る機械だそうです。

線種と測り方についてのざっくりした解説はこちらの「放射線の正しい測り方」がわかりやすいと思います。

Photo

上の写真は床の上を測っているもの。

下はベランダに干してあるヒマワリの上ではかった時のもの。

Photo_2

各室内、ベランダ、床上、床から1メートルなど、色々測ってみましたが、場所が違っても数値はほとんど変わりませんでした。

数字は刻々と動くので、時間を決めてその値を5回記録し、その平均値を出すようにしました。

・室内(記録しなかったので感覚的に)        0.08マイクロシーベルト(以下単位省略)。

・マンションの駐輪場(コンクリート)1メートルの高さ 0.0926

                    5センチメートル 0.1216

・マンション植え込み(土の上に落ち葉)1メートル 0.0916

                    5センチメートル 0.093

・すぐ近くの公園(土の上)        1メートル 0.0928

                    5センチメートル 0.1034

・1.5キロ離れた公園(土の上)     1メートル 0.068

                    5センチメートル 0.095

・よく行くスーパー店内         1メートル 0.0776

・自家用車内                     0.076

主なところは以上です。

ちなみに、1,5キロ離れた公園は私がウオーキングの時一休みするところで、時には本も読んだりするベンチのそばで測りました。

こうして自分がよく行くところを測るといいと思って。

計算すると、年間1ミリシーベルトになるところは無し。

とりあえず一安心。

しかし、我が家から約2キロくらいのところにあり、毎日1時間ごとに測定値が表示される、県の放射能測定ポイントの数字の約2倍の数字です。

この、県の数字は私が測った日はずっと0.049マイクロシーベルトでした。

もう数カ月このくらいの数字が安定して続いています。

この違いは機器の差でしょうか?

HPには、4階建ての屋上も地上も数値に変わりはないと出ていましたが、本当かしら。

どうも公的なところが出す数値は低いものを選んでいるような気がしてしまいます。

                                                         

世田谷でかなり高い数値が、横浜ではストロンチウムが出たというニュースが流れました。

皆さんも自治体に要請して測定器を貸し出してもらい、生活圏内を測ってみるといいと思います。

あちらこちらで貸し出しているというのを耳にしますし、まだなら要請してみてはどうでしょうか。

そして測れたなら、その数値を自治体にフィードバックして整理してもらえれば、結構精密な汚染マップができそうです。

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